私たち1970年生まれの女性たちも、人生の大きな節目である55歳を迎えています。昭和という活気に満ちた時代に生まれ、平成の変革期を駆け抜け、令和という新しい時代を生きる私たち。この半世紀、何を見て、何に影響を受け、そして今の自分はどのように形作られてきたのでしょうか。幼い頃の思い出は、遠い過去のように感じられることもありますが、その時の経験や憧れは、案外、今の私たちの中に色濃く残っているものです。
ここでは、1970年生まれの一般的な日本人女性が歩んできたであろう半生を、その時代背景や文化、そして女性ならではの視点を交えながらたどってみたいと思います。
第1章:夢見る少女と、優しさが育まれた日々(幼少期:1970年代~1980年代前半)
私たちの幼少期は、まだ「女の子はこうあるべき」という価値観が根強く残っていた時代です。しかし、同時にテレビや漫画といった新しいメディアが、私たちの世界を広げてくれました。
テレビでは、女の子向けの魔法少女アニメやファンタジーアニメに夢中になりました。『魔女っ子メグちゃん』や『ひみつのアッコちゃん』を見て魔法に憧れ、『キャンディ・キャンディ』や『フランダースの犬』、『アルプスの少女ハイジ』といった世界名作劇場シリーズで、主人公のひたむきさや逆境に立ち向かう姿に心を震わせました。これらの物語から、友情や家族愛、そして困難を乗り越える勇気や優しさといった、人として大切な感情を育んでいったように思います。
漫画も私たちの日常に欠かせないものでした。『なかよし』や『りぼん』といった少女漫画雑誌は、毎月の発売日が待ちきれない宝物。キラキラした絵の世界で繰り広げられる恋愛模様や友情の物語に胸をときめかせ、多感な時期の心の機微や、女の子同士の複雑な関係性を学んだりもしました。
遊びといえば、リカちゃん人形で空想の世界に浸ったり、おままごとで家庭を再現したり。友達と集まってアイドルの歌を歌ったり、手芸や編み物といった静かな遊びに熱中する子もいれば、男の子に混じって外で駆け回る活発な子もいました。公園のブランコに乗ったり、鬼ごっこやかくれんぼをしたりと、体力を使う外遊びも、性別に関係なく楽しんでいました。
学校では、家庭科の時間に裁縫や料理の基本を学び、将来「良いお嫁さんになること」が暗黙の目標とされていたような雰囲気もありました。しかし、同時に、小学校で初めてクラブ活動や委員会活動に参加し、集団の中で自分の役割を見つけ、責任感を学ぶ大切な時間でもありました。
この幼少期に培われた、物語への没頭、想像力、そして人間関係における共感力や優しさといったものが、私たちの感情の基盤となり、その後の人生における様々な人間関係を築く上での土台となっていきます。
第2章:キラキラの憧れと、自立への模索(青年期:1980年代半ば~1990年代前半)
中学生、高校生、大学生、そして社会人へ。私たちの青年期は、日本の経済が最も華やかだった「バブル景気」と重なります。メディアから流れる情報も、消費やトレンドに関するものが中心でした。
ファッションやメイクへの関心が高まり、雑誌に載っているモデルやタレントのスタイルを真似しました。原宿や渋谷といった街に繰り出し、流行のお店を見て回るのが楽しみでした。音楽は、アイドルはもちろん、少し背伸びしてバンドブームに乗ったり、洋楽を聴いたり。カラオケボックスで友達と夜遅くまで歌った経験は、多くの人が共有しているでしょう。
進路選択においては、四年制大学への進学率が上がりつつありましたが、「短大を出て、良い会社に就職し、数年働いて結婚する」というライフプランも、依然として一般的な選択肢として存在していました。「OL」という働き方が憧れの一つとされ、制服のある会社や、いわゆる「お茶くみ」といった業務も当たり前のものとして受け入れられていました。一方で、男女雇用機会均等法が施行された時期でもあり、総合職として男性と同等に働くことを目指す女性も少しずつ増えていました。
バブル期の浮かれた雰囲気の中で、少し先の未来は明るいと漠然と感じていた人も多かったはずです。アルバイトで稼いだお金で、旅行に行ったり、好きなものを買ったり。自由を謳歌し、友人たちとの関係を深めながら、社会に出る準備を進めていました。
この青年期に影響を受けたのは、華やかな文化や流行への感度、そして自分の将来に対する多様な可能性(同時に、女性であるがゆえの制約も感じつつ)です。自立したいという気持ちと、社会や周囲からの期待との間で揺れ動きながら、自分自身の生き方を模索し始めた時期と言えます。
第3章:キャリアと家庭のはざまで(壮年期前半:1990年代後半~2000年代)
20代後半から30代。私たちは社会人として経験を積み、そして人生の大きなイベントである結婚や出産を経験する人が多かった時期です。しかし、社会状況は、私たちのキャリアやライフプランに大きな影響を与えました。
バブル崩壊後の「失われた10年」の真っただ中。正社員としての就職が難しくなり、「就職氷河期」と言われる厳しい時代を、同世代や少し下の世代の姿を通して目の当たりにします。多くの女性が、正社員になれず派遣や契約社員として働くことを余儀なくされたり、一度退職すると再就職が難しくなったりといった問題に直面しました。
結婚後も働き続けるか、あるいは専業主婦となるか。保育園は足りているのか。子育てと仕事の両立は可能なのか。ロールモデルが少ない中で、一人ひとりが手探りでキャリアと家庭のはざまを生きる道を探しました。子供が熱を出せば仕事を休まなければならず、会社や周囲に迷惑をかけてしまうという罪悪感に悩んだ人も少なくなかったでしょう。
そして、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件といった出来事は、社会の安全神話が崩壊したことを私たちにも強く印象付けました。いつ何が起こるかわからないという不安は、自分自身の生活だけでなく、守るべき家族ができたことでより一層強まったかもしれません。
一方、インターネットと携帯電話(ガラケー)の普及は、私たちの生活スタイルを大きく変えました。子供の体調をすぐに夫に連絡したり、インターネットで育児情報を検索したり、携帯メールでママ友と情報交換したりと、テクノロジーは私たちの日常に欠かせないツールとなっていきました。
この時代に培われたのは、逆境の中でも粘り強く生きる力、限られた選択肢の中で最善を見つけ出す賢さ、そして仕事や家庭、子育てといった多重な役割をこなすタフさです。そして、同じような境遇の女性たちとのネットワーク(ママ友など)が、精神的な支えとなりました。
第4章:テクノロジーと向き合い、多世代を支える(壮年期後半~現在:2000年代後半~55歳)
40代に入り、子供たちは思春期を迎え、やがて大学進学や就職などで私たちの元を離れていきました。子育てが一段落する寂しさを感じる一方で、少し自分の時間が持てるようになった人もいるでしょう。仕事においては、管理職になったり、新しい分野にチャレンジしたりする人もいれば、子育てが一段落したのを機に、新たな仕事を探し始める人もいました。
しかし、この頃から、私たちの生活には新たな責任がのしかかってきます。自身の親が高齢になり、介護が必要になったり、遠距離で暮らす親のサポートをしたりと、親のケアが現実的な課題となるのです。働く女性にとっては、自身のキャリア、子育て(大きくなっても心配事は尽きません)、そして親の介護という「トリプルケア」に直面する人も少なくありませんでした。
テクノロジーの進化は止まりません。スマートフォンが登場し、あっという間に私たちの生活の中心となりました。FacebookやInstagram、LINEといったSNSは、友人や家族とのコミュニケーションツールとしてだけでなく、情報収集や自己表現の場としても広く利用されるようになりました。幼い頃のアナログな世界からは想像もつかないスピードで、情報が飛び交う社会に私たちは生きています。SNSで他の家庭と自分の家庭を比較して落ち込んだり、情報過多に疲れたりといった、デジタル社会ならではの悩みも抱えています。
そして、東日本大震災をはじめとする大規模災害や、先の新型コロナウイルスのパンデミックは、私たちの生活や価値観、働き方に大きな影響を与えました。リモートワークが普及したり、オンラインでのコミュニケーションが当たり前になったりと、否応なしに変化への対応を迫られました。
55歳になった今、多くの女性が自身の健康について真剣に考え始めています。更年期を迎え、体調の変化を感じている人もいるでしょう。定年退職という現実的な選択肢が見えてくる中で、セカンドキャリアや、地域活動、趣味など、これからの人生をどう生きるか、模索する時期でもあります。子供の手が離れ、親の介護もしながら、自分自身の「第二の人生」をどう設計するか。多くの女性が、様々な課題と向き合っています。
結び:しなやかに、たくましく、そして自分らしく
1970年生まれの女性たちの半生は、時代の大きな波に揉まれながらも、しなやかに、そしてたくましく生きてきた道のりと言えるでしょう。幼い頃にアニメや漫画から得た夢見る心や優しさ、そして社会に出てからの厳しい現実の中で培われた強さや順応性。結婚、出産、子育て、そして介護といった女性ならではのライフイベントを経験しながら、自身のキャリアや生き方を模索し続けてきました。
バブルとその崩壊、経済の低迷、テクノロジーの進化、そして相次ぐ社会的な困難。これらの経験が、私たちの価値観を揺さぶり、試練を与えましたが、同時に、変化に柔軟に対応する力、逆境にもめげない粘り強さ、そして人との繋がりの大切さを教えてくれました。
私たちは、昭和のアナログな温かさと、平成の激動、そして令和のデジタル化・多様化を全て経験した世代です。親世代よりも多様な選択肢を持ちながらも、同時に多くの不確実性の中で生きることを強いられた世代でもあります。
55歳という年齢は、これまでの経験を振り返り、これからの人生をどのように歩んでいくかを見つめ直す絶好の機会です。子育てや仕事といった大きな役割から少し解放され、自分自身の声に耳を傾ける時間が持てるようになるかもしれません。これまでの人生で培ってきた経験や知恵を活かして、地域や社会に貢献したり、長年の夢を叶えたり。可能性は無限大に広がっています。
あの頃の夢見る少女の心を忘れずに、社会の荒波を乗り越えてきたたくましさを持って、これからの人生を自分らしく、しなやかに生きていきたい。それが、私たち1970年生まれの女性たちの共通の願いではないでしょうか。