
はじめに:未来は来ている。ただし想像とは違う形で
ロボットが玄関まで荷物を運び、ドローンが空を飛び交う――
そんな未来像は、映画やCMではすでにおなじみだ。
しかし現実の物流は、もっと地味で、もっと慎重だ。
2026年初頭、ANAホールディングスがドローン物流を全国で事業化する構想を進めていると報じられた。
離島に医薬品を届け、災害時には孤立地域へ食料や生活物資を運ぶ。
このニュースは、「ついにドローン物流が来た」と受け取られがちだが、
実はここにこそ、ラストワンマイル配送の現実と限界が凝縮されている。
1. ANAのドローン物流は「夢」ではなく「実装前夜」
まず重要なのは、ANAの取り組みが空想や実験止まりではないという点だ。
ANAは2010年代半ばからドローン事業に参入し、
航空機運航で培った安全管理・運航設計・遠隔監視のノウハウを
ドローン物流へ転用する実証を重ねてきた。
離島での実証が示した現実的価値
長崎県の離島などでは、
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医薬品
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日用品
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検体・医療関連物資
といった「時間価値が高く、代替手段が限られる物資」を対象に、
ドローン配送の実証が行われている。
船や車で数十分〜1時間以上かかるルートを、
ドローンでは10分前後で結ぶケースも確認されている。
ここで重要なのは、
ピザや日用品の利便性向上ではなく、「医療アクセスの維持」が主目的だという点だ。
2. 法制度は「可能にした」が「普及させた」わけではない

2022年、日本では航空法改正により
補助者なし・第三者上空での目視外飛行(いわゆるレベル4飛行)が制度上可能になった。
これは大きな前進だが、誤解してはいけない。
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都市部で自由に飛ばせるようになったわけではない
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個別の許可・安全対策・運航管理が前提
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大量・高頻度配送を想定した制度ではない
つまり現在は、
「飛べるようになった」≠「事業として回る」
という段階にある。
ANAの計画も、
制度が整ったから一気に都市部へ、ではなく、
成立条件が揃う場所から着実に広げるという戦略だ。
3. なぜ「離島・災害時」からなのか
ANAが最初の事業化領域として選んだのは、
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離島
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中山間地域
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災害時の孤立地域
である。
これは技術的制約というより、経済と社会の条件による。
ドローン物流が成立する3条件
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単価が高い(医薬品・緊急物資)
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代替手段が乏しい(船・道路が限定的)
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社会的正当性が高い(命・生活に直結)
この3点が揃う場所でなければ、
ドローン物流は事業として成立しない。
ANAの判断は、
「未来を夢見る企業」ではなく、
失敗しないための現実的選択だと言える。
4. 都市部のラストワンマイルが難しい理由

一方で、多くの人が期待するのが都市部だ。
「東京23区でドローンが宅配する未来は来ないのか?」
結論から言えば、当分来ない。
理由は明確だ。
都市部はすでに「人間で最適化されている」
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人口密度が高い
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配送ルートが洗練されている
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バイク・自転車・軽貨物という完成度の高い手段がある
つまり都市部のラストワンマイルは、
自動化が遅れているのではなく、
すでに人間によって極限まで効率化されている
のである。
5. ピザ1枚の単価では回収できない
ここで象徴的なのが「ピザ配送」だ。
映画ではドローンやロボットがピザを運ぶが、
現実には成り立たない。
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ピザ1枚:1,000〜2,000円
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配送1件あたりの利益:数百円レベル
この単価で、
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ドローン
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車輪型ロボット
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ヒューマノイド(オプティマス級)
の開発・保守・運用コストを回収することは不可能だ。
「ピザ1枚や宅配便1個の単価で回収できる未来」は存在しない
これは技術の問題ではなく、経済の問題である。
6. 車輪型ロボットとヒューマノイドの現実的位置づけ

車輪型ロボット
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平坦な歩道では有効
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中継拠点・宅配ロッカーまでが限界
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階段・高層住宅・複雑な建物には弱い
ヒューマノイド(オプティマス)
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倉庫内・工場内では有望
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屋外配送ではコスト・安全・効率すべてで不利
仮に技術的に可能でも、
商業的に成立しない。
7. 宅配業者は失業しない
よくある不安に「宅配業者は仕事を失うのか?」がある。
結論は明確だ。
失業しない。仕事の性質が変わるだけだ。
なぜなら、ラストワンマイルとは、
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不在対応
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再配達
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受取人の事情への柔軟対応
といった、「人に会いに行く仕事」だからだ。
この工程が残る限り、
完全自動化は起こらない。
8. インフラの現実:巨大宅配ボックスは普及しない

ロボット配送を成立させるには受け皿が必要だが、
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ヒューマノイド対応の巨大宅配ボックス
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各戸設置前提の設備
は、都市部では非現実的だ。
現実解は、
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小型宅配ボックス
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共有ロッカー
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中継ポイント
という人と機械のハイブリッド設計になる。
9. 結論:未来は来る。ただし静かに、ゆっくりと
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離島・災害時:ドローンは社会インフラになる
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郊外:部分的にロボットが入る
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都市部:人間中心の配送が続く
ラストワンマイルの未来は、
映画のように一気には訪れない。
それは技術が遅れているからではない。
現実があまりに複雑で、すでに最適化されているからだ。
ドローンは空を飛び、
ロボットは倉庫を歩き、
そしてピザは、今日も人の手で運ばれる。
未来は確かに来ている。
ただしそれは、思っていたよりもずっと静かで、ゆっくりと。