かつては低迷の淵にあった日本の老舗企業、サンリオと湖池屋。両社はそれぞれ異なる苦境に喘いでいました。
サンリオは、キャラクタービジネスのマンネリ化に加え、コロナ禍によるテーマパーク事業の打撃、さらには長年の意思決定の遅さや硬直化した組織文化が重荷となっていました。
一方、湖池屋は、激化するポテトチップス市場での価格競争に巻き込まれ、収益性が悪化。2期連続の赤字に陥るなど、老舗としてのブランド力も揺らいでいたのです。
しかし、両社は見事なV字回復を遂げ、今や業界内外からその成功モデルが注目されています。この劇的な変化の背景には、強固なリーダーシップと、それによって推進された大胆な変革の力が共通して存在していました。
第1章:変革を牽引する強力なリーダーシップの光と影
サンリオと湖池屋、V字回復の起点にはいずれもトップの交代がありました。2020年、サンリオに弱冠31歳で就任した創業者の孫、辻朋邦社長は、長年の物販中心モデルから高収益なライセンス事業への転換を決断。
一方、2016年にキリンから湖池屋社長に招かれた佐藤章氏は、「安売り市場なんか、一切見るな」と宣言し、価格競争からの脱却、高付加価値路線への転換を全社に徹底させました。
彼らは、外部からの客観的な視点や、若き世代ならではの柔軟な発想で、既存組織のしがらみを打ち破る「劇薬」となりました。自社の強みと弱みを冷静に見極め、進むべき道を明確に指し示す彼らの揺るぎない覚悟と実行力は、組織全体を変革へと動かす原動力となったのです。
しかし、「強力なリーダーシップ」の発揮は決して容易なことではありません。社内には、既存のやり方を変えることへの強い反発や抵抗が必ず生じます。長年培われてきた文化や、個人の既得権益が脅かされると感じるからです。
また、痛みを伴う決断は、リーダーに大きな精神的負担を強いるでしょう。辻社長や佐藤社長は、こうした困難を乗り越え、企業を再建へと導いた稀有な存在と言えます。
第2章:顧客の感情に訴えかける「ブランド体験」の創造
リーダーシップが指し示す方向性を具体化したのが、両社に共通する「ストーリー、体験価値、メッセージ性」を軸とした「ブランド体験」の創造、そして高付加価値ブランディングへの大胆な転換です。この戦略は、市場や顧客の声に徹底的に耳を傾け、彼らが本当に求めている価値を見出すことから始まりました。
湖池屋の象徴は、2017年発売の「湖池屋プライドポテト」でしょう。単なる安価なポテトチップスとは一線を画し、「日本産じゃがいも100%使用」「老舗のプライドをかけた本格的なおいしさ」を謳い、高価格帯で投入されました。
これは、職人の「プライド」が詰まったストーリーと、一口ごとに感じる上質な「体験価値」を提供するものであり、消費者はその「特別感」に強く共感しました。この成功により、湖池屋は価格競争から脱却し、ブランドイメージを大きく向上させました。
サンリオもまた、キャラクターに新たな価値を創造しました。ハローキティを筆頭に、「かわいい」だけではない深みを追求。サントリー天然水とのコラボレーションでは、ハローキティが「未来の水」という社会課題について問いかけることで、キャラクターに深いメッセージ性を持たせ、社会貢献意識の高い層の共感を呼びました。
また、カップヌードルとのコラボでは、シナモロールが“チャラ男”に扮する意外性のある姿を見せることでSNSを席巻し、キャラクターの多様な可能性とユーモアを提示。ファンに驚きと喜びという「体験価値」を提供しました。
このように両社は、単なる製品やキャラクター販売に留まらず、顧客の感情に深く訴えかけ、共感を呼ぶ「ブランド体験」を提供する戦略へと舵を切ったのです。
第3章:変革を加速させる「外部人材の招聘」と「戦略的デジタル活用」
現代のV字回復において、外部からの人材招聘と戦略的なデジタル活用は、変革を加速させる両輪となりました。
社内の硬直した組織や、新しい領域の専門知識不足を打破するため、両社は積極的に外部のプロフェッショナルを招き入れました。サンリオでは、コンサルティングファーム出身者や他業界のプロフェッショナルを要職に招聘し、硬直した意思決定プロセスを刷新。データに基づいた戦略策定と実行力を強化しました。
湖池屋の佐藤社長自身も外部からの招聘であり、その卓越したマーケティング手腕とリーダーシップで、社内にはなかった「顧客視点」と「攻めの姿勢」を植え付けました。彼らは、社内のしがらみに囚われず、客観的な視点と実践的な専門知識を直接持ち込むことで、停滞していた組織に新鮮な風を吹き込み、変革を強力に推進する原動力となりました。
そして、その変革を具現化するツールとして、デジタルが戦略的に活用されました。サンリオは、若年層に人気のTikTokなどSNSを積極的に活用し、キャラクターの新たな魅力を発信。例えば、キャラクターが流行のダンスを踊る動画は瞬く間に拡散され、これまでサンリオに馴染みのなかった層にもリーチしました。
これは、ファンとのインタラクティブなコミュニケーションを深め、キャラクターの寿命を延ばし、新たな収益源に繋げるという明確な戦略的意図がありました。デジタルチャネルを通じたライセンスビジネスの拡大にも寄与し、まさに現代的なブランド戦略を展開したのです。
第4章:勢いを生み出す「早期の成功体験」と「企業文化の変革」
しかし、どんなに優れたリーダーシップと戦略があっても、改革は常に反発や懐疑心を伴います。そこで重要な役割を果たすのが、「早期の成功体験の創出」です。
湖池屋の「湖池屋プライドポテト」のヒットは、まさにこの「早期の成功体験」の典型でした。発売後すぐに売上目標を大きく上回り、品薄状態が続くほどの人気を博しました。この目に見える成功は、社内に「高付加価値戦略は正しい」「価格競争から抜け出せる」という確かな手応えと自信を与えました。
社員たちは自分たちの努力が報われることを実感し、次なる挑戦へのモチベーションを大いに高めたのです。これは、改革への懐疑心を打ち破り、組織全体の士気を高める強力な起爆剤となりました。
サンリオにおいても、デジタル戦略やコラボレーションが短期間で大きな話題を呼び、キャラクターへの注目度が急上昇したことは、「キャラクターの新たな可能性」という具体的な成功体験を社内外に示しました。
特に、世界中の投資家が注目するMSCI ACWI(オール・カントリー・ワールド・インデックス)に2025年5月に採用されたことは、サンリオの企業価値が国際的にも認められた「成功」の象徴であり、社員の士気をさらに高めました。
これらの「早期の成功体験」は、まるで暗闇のトンネルの先に差し込む光のように、組織全体に希望と活力を与え、変革への懐疑心を払拭し、さらなる改革を力強く推進する原動力となったのです。
そして、この成功体験が、単なる指示命令ではない、挑戦を奨励し、変化を恐れない企業文化へと内側から変革を促す触媒となりました。
結論:変革は「人間力」と「戦略」の結晶
サンリオと湖池屋のV字回復の物語は、単なる企業の成功事例に留まりません。それは、企業が危機に瀕したとき、強力なリーダーシップ(そしてその困難を乗り越える覚悟)が明確なビジョンを提示し、顧客の感情に訴えかけるブランド体験を核とした徹底した戦略を策定することの重要性を示しています。
そして、その戦略を具現化するためにデジタルを戦略的に活用し、外部からの英知を取り入れ、何よりも、「早期の成功」を通じて社員の心を掴み、組織全体を巻き込んでいく「人間力」こそが、奇跡的なV字回復を可能にする最終的な鍵となります。
あなたの会社も、今、変革の時を迎えているのではないでしょうか?