「ゴジラ」「君の名は。」そして「呪術廻戦」──。日本を代表するエンタテインメント企業である東宝が、近年、アニメ事業において目覚ましい躍進を遂げているのをご存じでしょうか?
長年、映画の製作・配給・興行で日本のエンタメ界を牽引してきた東宝は、今やアニメ分野でアニプレックスと並び称される「新横綱」とまで呼ばれる存在になりました。この劇的な変化の背景には、一体どのような戦略と人物の存在があるのでしょうか?
本記事では、東宝が描く「未来のエンタメ」の姿と、その実現を支える要となる要素について、深掘りしていきます。
第1章:なぜ後発組の東宝がアニメ市場の「新横綱」になれたのか?
東宝はアニメ制作において決して古参ではありません。しかし、わずか数年でアニメ関連の売上高を倍増させるという驚異的な成長を遂げ、その存在感を不動のものとしました。この成功は偶然ではなく、計算されたビジネス戦略の賜物です。
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「製作委員会」における主導権の確保: 多くのアニメ作品は複数の企業が出資する「製作委員会」方式で制作されます。TOHO animationは、この委員会で幹事(中心的な出資者)としての役割を積極的に担うことにこだわりました。これにより、作品がヒットした際に、より大きなリターンを得られる収益構造を確立しています。
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強力なIP(知的財産)ラインナップの構築: 『僕のヒーローアカデミア』『呪術廻戦』『SPY×FAMILY』『葬送のフリーレン』『薬屋のひとりごと』など、国内外で絶大な人気を誇るアニメ作品の製作に深く関与。さらに、『君の名は。』『天気の子』といった新海誠監督の大ヒット作品を手がけるコミックス・ウェーブ・フィルムへの出資も行い、高品質なIPを安定的に確保しています。
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グループシナジーの最大化: 映画の製作・配給・興行で長年培ってきたノウハウをアニメ事業に転用。例えば、東宝芸能所属のタレントを声優に起用するなど、グループ全体のリソースを効果的に活用し、各事業間の相乗効果を生み出しています。
これらの戦略的なアプローチにより、東宝はアニメ市場における競争力を飛躍的に高め、短期間でトップランナーの一角へと上り詰めたのです。
第2章:変革を牽引する「キーパーソン」と、人財戦略の進化
東宝がこのような大規模な変革と成功を実現できた背景には、明確なビジョンを持ち、それを実行する強力な「人」の存在があります。
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トップの戦略的リーダーシップ: 松岡宏泰氏(東宝 代表取締役社長執行役員)は、アニメ事業を従来の映画・演劇・不動産に次ぐ「第4の柱」と明確に位置づけ、その育成とグローバル展開を経営の最重要課題として掲げています。彼の強力なリーダーシップこそが、組織全体の意識と方向性を変革する原動力となっています。
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エンタメ界を牽引するプロデューサーの存在: スタジオジブリの鈴木敏夫氏のような「剛腕プロデューサー」という言葉を連想させる存在として、川村元気氏の貢献は非常に大きいと言えます。彼は『君の名は。』『天気の子』『すずめの戸締まり』といった新海誠監督作品の大ヒットをプロデュースしたほか、小説家や映画監督としても活躍する多才な人物です。自身の設立したSTORY株式会社を通じて東宝と深く連携し、優れた企画力と実行力で数々のヒット作を生み出し、東宝のコンテンツ力を飛躍的に高めています。
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アニメ事業を推進する専門性とビジネスセンス: 武井克弘氏(エンタテインメントユニットアニメ本部 TOHO animation アニメ事業室長)は、TOHO animationの第一線で『僕のヒーローアカデミア』や『葬送のフリーレン』など多数の人気アニメを手掛けるプロデューサーです。彼は、アニメ作品をただ作るだけでなく、ビジネスとしての収益化やグローバル展開を見据えた戦略的なプロデュースに長けており、東宝のアニメ事業の成長を実務面で支える要となっています。
これらのキーパーソンが、それぞれの立場で強みを発揮し、密接に連携することで、東宝の変革は加速しています。
さらに東宝は、これまでの「少数精鋭」という組織体制から、「精鋭多数」へと人材戦略を大きく転換しています。3年間で約200名の中途採用を行うなど、外部からの多様な知見と能力を持つ人材を積極的に受け入れています。また、アニメ事業の人員を2032年までに倍増させる計画も掲げており、成長分野への集中的な人材投資を行うことで、組織全体のパワーアップを図っています。
第3章:ストリーミングサービスを「軸」としたグローバル戦略:TOHO-ONEの真価
東宝が描く未来の姿は、単に国内でヒット作を出すことに留まりません。その最終的な狙いは、ストリーミングサービスを「軸」としたグローバル戦略にあります。
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ストリーミングが拓いた「世界の扉」: NetflixやCrunchyrollといったストリーミングサービスの台頭は、アニメが世界中で「発見」される上で決定的な役割を果たしました。これらのプラットフォームを通じて、日本の作品は言語や地理の壁を越え、世界中の視聴者へ瞬時に届けられるようになりました。東宝は、この流れを最大限に活用し、自社作品のグローバル配信を積極的に推進しています。
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劇場公開とストリーミングの相乗効果: 東宝は劇場公開を非常に重視していますが、それは「最終目標」ではなく、「世界戦略の重要な起点」と捉えています。
- 劇場公開: 作品のブランドイメージを確立し、初期の興行収入を獲得。そして、ファンコミュニティの熱狂を最大限に高めることで、その後のストリーミング配信や二次利用の価値を飛躍的に向上させます。
- ストリーミング: 劇場での成功によって確立されたIPを、世界中のより広範な視聴者に届け、継続的なエンゲージメントと多角的な収益(グッズ、ゲームなど)を生み出すための「軸」として機能します。
- 劇場公開: 作品のブランドイメージを確立し、初期の興行収入を獲得。そして、ファンコミュニティの熱狂を最大限に高めることで、その後のストリーミング配信や二次利用の価値を飛躍的に向上させます。
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グローバル戦略の要:TOHO-ONEプロジェクト: 東宝は、約50億円という巨額を投じて「TOHO-ONE(トーホーワン)」という新しい会員サービスプロジェクトを構築しています。これは、東宝が自社で動画コンテンツを配信する「ストリーミングサービス」ではありません。
TOHO-ONEの真価は、東宝グループが提供するあらゆるエンタメサービス(映画館での鑑賞、アニメ配信、舞台観劇、グッズ購入など)で得られる顧客データを一元的に管理・分析する「顧客データ基盤」である点にあります。
- 世界中のファンとの直接的なつながり: TOHO-ONEは「世界中のファンと一つにつながる」ことを目指しており、顧客データを活用して、国や地域、個人の嗜好に合わせたパーソナルな情報提供や体験を可能にします。
- 具体的な会員メリット(予測): 2026年春のローンチに向け詳細は未発表ですが、人気作品のチケット先行販売や会員限定イベントへのアクセス、個人の好みに合わせた作品レコメンデーション、ポイント付与によるロイヤリティ特典などが期待されます。これらのメリットを通じて、ファンとの関係性を深め、エンゲージメントを高めることが狙いです。
- 世界中のファンとの直接的なつながり: TOHO-ONEは「世界中のファンと一つにつながる」ことを目指しており、顧客データを活用して、国や地域、個人の嗜好に合わせたパーソナルな情報提供や体験を可能にします。
東宝は、TOHO-ONEを通じて得られる顧客データと深い顧客理解を武器に、劇場とストリーミングを連携させながら、IPの価値を最大化し、グローバル市場での競争優位性を確立しようとしているのです。
まとめ:東宝の変革は「未来のエンタメ」への大胆な挑戦
東宝の近年の躍進は、単なるアニメブームに乗っただけではありません。それは、老舗企業が激変するエンタメ市場の潮流を深く読み解き、以下の要素を戦略的に組み合わせた結果と言えます。
- アニメIPへの積極的な投資とビジネス戦略
- ビジョンを共有し実行するキーパーソンと人財戦略
- ストリーミングを軸としたグローバル展開と、それを支えるデジタル基盤(TOHO-ONE)
東宝は、これらの取り組みを通じて、これまでの「映画・演劇」会社から、IPを核とした「総合エンタテインメント企業」へと変貌を遂げつつあります。東宝が描く「未来のエンタメ」が、今後どのように世界を席巻していくのか、その動向から目が離せません。