Abtoyz Blog

最新のトレンドや話題のニュースなど、気になることを幅広く発信

玩具市場1兆円の立役者:『B-CLUB』が築いたキダルト文化の歴史

ホビーは、すでに「アイデンティティの一部」である(イメージ)

2023年、日本の玩具市場が初めて1兆円を突破した。この快挙は、少子化という逆風の中で達成された奇跡として、大きな話題を呼んだ。その原動力となったのが、「キダルト(Kidult)」と呼ばれる大人たちだ。「キッズ(子供)」と「アダルト(大人)」を組み合わせたこのマーケティング造語は、子供時代に熱中したアニメやホビーに、経済的余裕ができた今、改めて熱中する人々を指す。このキダルト消費が、おもちゃ市場の1兆円突破を牽引していることは、もはや論を俟たない。

しかし、この「キダルト」という言葉は、突然現れたわけではない。その現象は、この言葉が生まれるずっと前から存在していた。そして、その源流を遡ると、一人の男と、彼が創刊した伝説の雑誌に行き着く。その男の名は加藤智。雑誌の名は『B-CLUB(ビークラブ)』。

本稿では、当時の「子供部屋おじさん」や「ウィーブ」的な行動が、いかにして現代の1兆円市場を動かす「キダルト」へと昇華されたのかを、マニアックな視点で、以下の3つの章に分けて詳細に解説する。

 


 

第一章:第一次ガンプラブームの"副産物"が示した大人の熱量

1980年代初頭、日本を熱狂させた第一次ガンプラブーム。子供たちは夢中になってプラモデルを組み立てたが、彼らが成長するにつれて、おもちゃの売り上げは次第に落ち着いていった。しかし、当時のバンダイホビー事業部にいた加藤智氏は、一つの「異変」に気づく。

それは、子供向けに作られた廉価なプラモデルを、高校生や大学生といった大人が、ニッパーやヤスリを手に、時間をかけて徹底的に作り込んでいる姿だった。彼らは、単なるおもちゃとしての完成品を求めていたのではない。より精巧に、よりリアルに、そして何より「本気」で作り込むこと自体を楽しんでいた。

当時のバンダイのホビー事業部は、大量生産・大量販売が前提であり、このニッチな大人の需要に応えることは難しかった。だが加藤氏は、この熱狂がごく一部の現象ではないと確信していた。彼は、大企業という枠組みから飛び出し、この潜在的な熱意を形にするプラットフォームを模索する。

こうして1985年、バンダイ出版課から『B-CLUB』は産声を上げた。

 


 

第二章:「ビークラブ」が創り出した「大人のホビー」という概念

『B-CLUB』の登場は、当時のホビー業界に革命をもたらした。その最も重要な功績は、雑誌を単なる情報媒体ではなく、「大人のホビー」という新しいビジネスモデルを創出するプロトタイプとしたことだ。

 

1. 作例という名のビジネスプロトタイプ

『B-CLUB』の誌面には、プロのモデラーが手掛けた、とてつもないクオリティの作例が掲載された。既存のガンプラにパテを盛り、関節を改造し、まるでアニメから飛び出してきたかのような仕上がりにした作品の数々は、大人の読者に「自分もこんなものが欲しい」という強烈な欲求を喚起した。これは、消費者にとっての「夢」であると同時に、メーカーにとっての「ニーズ」を可視化する役割を果たしたのだ。

 

2. ガレージキットの商業化

当時のマニアックなモデラーの間で流通していたのが、レジンキャストなどで少量生産される「ガレージキット」だった。加藤氏は、これを『B-CLUB』誌上で積極的に紹介し、さらにバンダイ自身が「B-CLUBブランド」として商品化を始めた。これは画期的な試みだった。

従来の子供向け玩具は、金型を大量生産し、コストを抑えて販売するモデルだ。しかし、ガレージキットは少ロット・高単価であり、当時のバンダイのビジネスモデルとは全く異なるものだった。加藤氏の挑戦は、大企業に「高価格でニッチな市場」という新しい可能性を提示したのである。

『ビークラブ』は、単に模型の作り方を紹介する雑誌ではなかった。それは、「大人が好きなものに時間とお金を費やしても良いのだ」という新しい価値観を植え付け、後の「キダルト」という消費者層を育んだ文化的土壌そのものだった。

 


 

第三章:「子供部屋おじさん」と「ウィーブ」の再定義

さて、ここで冒頭の「子供部屋おじさん」と「ウィーブ」という言葉の文脈を再考してみよう。

 

「子供部屋おじさん」の視点から

「子供部屋おじさん」は、経済的に自立しながらも実家で暮らす男性を指す、しばしば嘲笑的なニュアンスを持つ言葉だ。しかし、この言葉の裏には、彼らが趣味に費やすことができる時間とお金の存在が見え隠れする。

『ビークラブ』の読者層には、まさにこの「子供部屋おじさん」的なライフスタイルを送る人々が多数含まれていた可能性が高い。彼らは、家賃や生活費に縛られず、高価なガレージキットや限定版のホビー商品に惜しみなく投資した。加藤氏と『ビークラブ』は、彼らを「社会的な蔑称」で呼ぶのではなく、「ホビーの熱心な顧客」として捉えた。つまり、彼らの「消費行動」に価値を見出したのだ。

 

「ウィーブ(Weeb)」の視点から

「ウィーブ」は、海外のインターネットで生まれた、日本のアニメや文化に過度に傾倒する非日本人を揶揄するスラングだ。彼らの行動は、日本のキダルト層と非常に似ている。日本のコンテンツを愛し、フィギュアやグッズを収集する。

しかし、キダルトが「大人になっても子供向けコンテンツを楽しむ消費者」という中立的なマーケティング用語であるのに対し、ウィーブは「自国の文化を軽んじる浅いオタク」という批判的なスラングである。

ここでも、同じ行動が異なる文脈で語られていることがわかる。

  • キダルト:経済的・マーケティング的な視点。

  • ウィーブ:文化・スラング的な視点。

つまり、「同じ行動を、見る人や文脈によって全く違う言葉で表現する」という現象が起きているのだ。

 


 

第四章:『プレミアムバンダイ』と「キダルト」の結びつき

1998年の『ビークラブ』休刊後も、バンダイは大人向けホビーの商流を途絶えさせなかった。そして2009年、その集大成として誕生したのが「プレミアムバンダイ」だ。

このオンラインストアは、まさに『ビークラブ』が切り拓いた道の上に築かれた巨大なプラットフォームである。

  • 限定生産・高価格帯: 『ビークラブ』時代のガレージキットや特別企画商品が、ウェブサイト上でより多くの人に届けられるようになった。

  • ニッチな需要の可視化: 雑誌の読者アンケートではなく、購入データによって、特定の層の需要を正確に把握できるようになった。

  • グローバルな展開: インターネットによって、かつての「ウィーブ」層にも直接的に商品を販売することが可能になり、キダルト市場は国境を越えた。

「キダルト」という言葉は、この現象が韓国で始まり、日本で成熟し、世界に広がる中で、その全体像を定義するために生まれた。それは、かつてニッチで、一部では嘲笑の対象だった趣味が、今や巨大な市場を動かす原動力となったことの証明なのだ。

 


 

第五章:キダルト文化の多様化とグローバルな消費動向

キダルト市場は、もはや特定の世代だけの文化ではない。加藤智氏がガンプラで開拓した市場は、世代を超え、コンテンツを問わず広がっている。

 

世代で異なる「ノスタルジー」

  • 団塊ジュニア世代(50代前後): 彼らのキダルト消費の中心は、第一次ガンプラブームや、『聖闘士星矢』、『キン肉マン』といったアニメ・漫画、そしてそれらのフィギュアや復刻版ホビーだ。彼らは、社会的な地位と経済的安定を確立しており、高額な限定商品にも躊躇なく投資する。彼らの消費は、子供時代の「買えなかった」という欲求を満たす「復讐消費」の側面を持つ。

  • ミレニアル世代(30代後半〜40代): 彼らのキダルト消費は、ポケモンカード、遊戯王カードといったトレーディングカードゲームや、『トミカ』のようなミニカーに代表される。彼らは、物心ついた頃から「キャラクタービジネス」が当たり前だった世代であり、特定のキャラクターへの「推し活」や「コレクション」といった行動が消費を牽引する。特に高額カードの投機的価値も、彼らの消費行動を加速させている。

 

海外市場との相互作用と最新の動向

日本のキダルト市場は、海外のキダルト文化と相互に影響を与え合っている。

  • コンテンツの逆輸入: 韓国の「ポケモンパン」ブームのように、一度海外に輸出された日本のコンテンツが、現地のキダルト文化の中で再評価され、熱狂的な消費につながることがある。

  • グローバルなコミュニティ: SNSの普及により、日本のキダルトが海外のキダルトと交流する機会が増えた。これにより、限定品の情報が瞬時に共有され、インバウンド需要や越境ECといった新たな商流が生まれている。

  • 欧米市場の拡大: アメリカの大手玩具メーカーであるハズブロ社は、コレクター向けフィギュアやホビー商品が収益の大きな柱となっていることを改めて強調している。特にマーベルやスターウォーズといった映画コンテンツが、高価格帯のコレクタブルフィギュア市場を牽引している。これにより、キダルト消費が世界的なトレンドであることは揺るぎない事実となっている。


 

結論:歴史は繰り返す、そして進化する

日本の玩具市場の成長は、単なる懐古ブームではない。それは、加藤智氏が30年以上前に見抜いた、大人の潜在的な熱意が、インターネットというツールを得て花開いた結果だ。

『ビークラブ』の時代、大人のホビーはごく一部のマニアックな文化だった。しかし、「子供部屋おじさん」も「ウィーブ」も、その消費行動に注目すれば、皆「キダルト」という新しい言葉で再定義され、巨大な市場の一部となった。

今日、私たちが楽しんでいる高価なフィギュアや、限定版の変身ベルトは、すべて加藤智氏が『ビークラブ』でまいた「大人のホビー」という種から芽吹いたものだ。そして、その文化は今、世代や国境を越え、世界中の人々を巻き込み、さらなる進化を遂げようとしている。