
日本の特撮ヒーローIPは、故・円谷英二氏が米国の殿堂入りを果たした事実に象徴されるように、「創造性の力」において世界最高水準にあります。しかし、その力が現代のグローバル資本主義において「収益」に直結するかは、もはや「経営判断」によって決定されます。近年報じられた「スーパー戦隊シリーズ終了報道」は、このIPの創造性と資本の論理が衝突した結果であり、その背後にはウルトラマン、仮面ライダーとの決定的な「経営戦略の差」が潜んでいます。
1. 危機の発端と三強の命運:非対称な収益構造の現実
日本の特撮ヒーロー市場は、長年「ウルトラマン」「仮面ライダー」「スーパー戦隊」の三つ巴で構成されてきましたが、ここ数年で、各IPが採った戦略により、収益の源泉と安定性に決定的な格差が生じました。この格差の根源は、各IPが「グローバル資本の波」に対し、「どのような経営判断を下したか」という深層構造にあります。
| IP名 | グローバル戦略の方向性 | 収益構造の特異点 | 国内事業の現状 |
| ウルトラマン | 中国へのライセンス一点集中 | 莫大なロイヤリティ収入による劇的な収益改善。外部資本による経営のプロ化が奏功。 | 安定 |
| 仮面ライダー | アジアでのハイターゲットホビー輸出 | 高単価ホビーを軸とした、安定した高収益モデルを確立。 | 好調 |
| スーパー戦隊 | 北米での「パワーレンジャー」ローカライズ | 海外の柱(玩具権)を喪失し、国内売上の低迷が直撃。 | 深刻な苦境 |
「スーパー戦隊」の苦境の根源は、国内の売上不振だけではなく、海外ビジネスにおける「収益性の高い権利」の主導権を失ったという、事業構造そのものの崩壊にあります。
2. 「パワーレンジャーの悲劇」:戦隊の命運を分けた2018年の裁定と構造的敗北

スーパー戦隊が長年依存してきた「二重収益構造」(国内玩具+海外パワーレンジャー玩具)の崩壊こそが、現在の苦境の最大の原因です。
2-1. 権利構造の脆弱性と「販売契約」への依存
「パワーレンジャー」の成功モデルは、日本の映像素材を利用し、米国のパートナーによって制作・販売される「ローカライズモデル」でした。このモデルは、海外収益の大きな部分をIP権そのものではなく、パートナーとの「販売契約」に依存するという、構造的な脆弱性を内包していました。
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東映の立場: 東映は基本的に日本の映像素材を提供する立場に留まり、物語の最終的な決定権(クリエイティブ・コントロール)は米国のパートナー側にありました。この構造では、IPのグローバルな成長に対する東映のリターンが低く抑えられがちでした。
2-2. ハズブロによる「資本の鉄槌」と収益源の喪失
2018年、米国の巨大玩具メーカーハズブロ (Hasbro)が、サバンから「パワーレンジャー」の権利を約5億2,200万ドル(当時のレートで約570億円)という巨額で買収しました。
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グローバル資本の戦略: ハズブロの買収の真の目的は、IP全体を自社の支配下に垂直統合し、最大の競合であるバンダイを、最も収益性の高い海外玩具市場から完全に排除するという、極めて冷徹な資本戦略でした。
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致命的な結果: バンダイは競争に敗北し、年間100億円以上を見込んでいた「パワーレンジャー」の海外玩具ビジネスの主導権を完全に喪失しました。その結果、「スーパー戦隊」の事業は、国内市場の不安定な売上という一本の柱だけで巨大な制作費を賄う、極めて脆弱な事業構造に追い込まれたのです。
3. ウルトラマンの勝利哲学:フィールズによる非情なライセンス戦略の実行

スーパー戦隊が権利構造の罠にはまる中、「ウルトラマン」は全く逆の、経営学的にも理想的な戦略で成功を収めました。その背景には、円谷プロダクションの経営体制を刷新した「経営のプロ」の存在があります。
3-1. 新経営陣の正体:フィールズの役割と「IP特化」への再定義
円谷プロダクションの経営権が創業者一族から離れ、最終的に大手遊技機メーカーであるフィールズ株式会社(現:円谷フィールズホールディングス)の傘下に入ったことは、「経営のプロ化」の決定的なターニングポイントでした。
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版権ビジネスのノウハウ注入: フィールズは、パチンコ・パチスロという版権ビジネスで、IPの権利交渉、ロイヤリティ算出、契約リスク管理といったノウハウを高度に蓄積していました。新経営陣は、このノウハウを円谷プロに注入し、IPを「製造業」から「ライセンス事業」へと再定義しました。
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戦略的な集中と選択: プロの経営陣は、伝統や国内市場の維持といった感情論を排し、「IPを最も効率良く収益化できる市場とモデル」に経営資源を集中させることを決定しました。これが、中国市場への一点集中という大胆な決断につながります。
3-2. 中国市場の「空白」と「法務戦略」の勝利
ウルトラマンの成功は、単なるトレカブームではなく、法務・契約戦略、そして市場選定の勝利でもあります。
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法務勝利による基盤確立: かつて中国で深刻だったウルトラマンの海賊版問題に対し、新経営陣はこれを法的に排除し、その上で「正規ライセンス契約」という形で巨大な収益源に変えることに成功しました。これは、IP価値の防御と収益化を両立させた、プロ経営陣の契約戦略の勝利です。
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ライセンスアウト戦略の徹底: 自社で販売リスクを負うことなく、IPの権利は自社が強く握りつつ、現地の最強パートナー(卡遊 / KAYOU)に販売リスクを負わせました。円谷プロは、リスクを最小化しつつ、爆発的なロイヤリティ収入を得る仕組みを構築し、スーパー戦隊が果たせなかった「権利の主導権維持」を達成しました。
3-3. トレカ市場選定の慧眼:「収益の非線形性」の活用
ウルトラマンがトレーディングカード(トレカ)を選んだのは、「収益の非線形性」(購入数と利益が比例しない爆発的な増加)を狙った戦略的判断です。トレカは、一人の消費者が際限なく購入し続ける可能性を持つとともに、レアカードの高額な二次流通市場を生み出します。
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最新の業績: 中国でのウルトラマントレカの大ヒットは、2025年3月期も円谷フィールズホールディングスのライセンス収入を大幅に伸ばし、業績を牽引し続けています。これは、非情な「リスクオン」の判断が、継続的な成功をもたらした証左です。
4. 仮面ライダーの戦略:「IP軸戦略」による堅牢性への投資と高収益化

「仮面ライダー」の成功は、バンダイナムコグループが経営の根幹に据える「IP軸戦略」に基づいた、最も堅実で持続可能な高収益モデルです。
4-1. 「ガンダム化」によるIPの常設化とポートフォリオの強靭化
仮面ライダーは、個々のテレビ本編の放送期間が終わった後も、その作品の玩具やホビー展開を継続し、IPの価値を恒久的に維持するビジネスモデルを確立しました。これは、「ガンダム」型の常設IPへと移行する戦略です。
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IPポートフォリオの強靭さ: 映像、ゲーム、玩具、アパレルなど、すべてのプラットフォームで高水準のコンテンツを「同時並行」で供給する体制が組まれています。これにより、特定事業(例:子供向け玩具)が不振に陥っても、他の柱がそれをカバーする強靭な事業構造を持っています。
4-2. 成人層への戦略的シフト:高収益性ホビーによる「安定収入」の確立
仮面ライダーの堅実な収益構造の最大の要因は、ターゲット層を拡大し、安定した高利益率を確保したことにあります。
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高単価ホビーへのシフト: CSM(コンプリート セレクション モディフィケーション)などの高額な大人向け変身ベルトといった「ハイターゲットトイ」のセグメントを確立しました。
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景気変動に強い収益源: この戦略は、子供向け玩具市場の不安定さから脱却し、「景気変動に左右されにくい成人層の可処分所得」をターゲットにしました。これは、IPの価値を「熱狂的な成人ファン層の購買力」に変換するビジネスモデルの成功例であり、高い利益率を確保することで、スーパー戦隊との売上格差を決定的に広げる要因となりました。
5. 再進出を阻む構造的呪縛:スーパー戦隊がグローバル市場で戦えない七つの致命的要因

「スーパー戦隊」が海外市場、特に高収益市場に再進出しづらいのは、ハズブロという巨人の存在により、以下の七つの構造的要因が立ちはだかっているからです。
5-1. 名称権の絶対的喪失とブランド再構築コスト(名称の壁)
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ブランド認知の壁: 海外における特撮ヒーローの代名詞「Power Rangers」の名称権はハズブロにあります。東映が「Super Sentai」などの新しい名称で再進出する場合、ハズブロが数十年の時間をかけて築いたブランド認知に対抗するための天文学的なマーケティング費用と時間が必要となり、その回収見込みは極めて低いです。
5-2. 「ローカライズ済みコンセプト」という認知の壁(コンセプトの壁)
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市場飽和: 「5人組(または多人数)のチームヒーローが巨大ロボで戦う」というコンセプトは、世界市場ではすでに「パワーレンジャーのコンセプト」として認知が完了しています。新規参入する「スーパー戦隊」は、消費者に「パワーレンジャーの亜種」と見なされる可能性が高く、差別化が困難です。
5-3. グローバルな流通網の占有(流通の壁)
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棚の奪い合い: ハズブロは世界的な玩具メーカーとして、大手小売店との強力なコネクションを持ち、主要な小売店の棚(シェルフ・スペース)をパワーレンジャーで占有しています。スーパー戦隊がその棚を奪うには、ハズブロが優位に立つ莫大な「ペイ・トゥ・プレイ」(棚の確保費用)が必要となり、流通経路の確保自体が困難です。
5-4. 潜在的な法務リスクと「トレードドレス」侵害の主張(法務の壁)
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訴訟リスク: 「パワーレンジャー」は長年の展開により、そのコスチュームデザイン、メカデザイン、合体・変形ギミックなどにおいて、北米市場で「トレードドレス(商品の外観)」として保護される可能性があります。東映が新規参入する際に、ハズブロからの「消費者の誤認を招く」という訴訟リスクを負うことになります。
5-5. VOD・配信プラットフォーム競争の劣勢(コンテンツの壁)
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プラットフォーム掌握力: ハズブロはNetflixなどの巨大なグローバルVODプラットフォームと直接交渉する資本力とIPポートフォリオを持っています。東映が自力で「スーパー戦隊」を売り込む際、ハズブロという巨大なIPホルダーとの競争に晒され、安定した配信枠を確保するのが困難です。
5-6. 中国市場での優位性不在(市場の壁)
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唯一の巨大市場である中国で、スーパー戦隊は「ウルトラマン」のトレカや「仮面ライダー」のCSMという高収益モデルを確立できませんでした。コンセプトの類似性や、キラーコンテンツの不在により、両者に代わる第三の柱を築くのは極めて困難です。
5-7. 伝統的な「制作倫理」と「資本の論理」の乖離(文化の壁)
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東映には「日本の子供たちに毎年新しいヒーローを届ける」という制作倫理が強く残っています。しかし、これが採算度外視の制作継続に繋がると、ビジネスとしては非効率です。ウルトラマンのプロ経営陣のように、「伝統や郷愁を捨ててでも、高収益を追求する」という冷徹な判断が、制作現場の文化に根付きにくい点も、再進出を躊躇させる要因となります。
6. 結論:日本の特撮IPの未来と「創造性の防衛」

日本の特撮IPの未来は、「創造性の力」をどう守り、発展させるかにかかっています。「スーパー戦隊」の苦境は、「IP権の管理」と「グローバル資本への戦略的迎撃」の重要性を強く示唆しています。東映・バンダイ連合がこの構造的呪縛から逃れるには、仮面ライダーに倣った国内の高収益化と、既存の市場にとらわれない新たなデジタル・ホビー市場の創造という、経営のプロによる非情な判断が不可欠となるでしょう。