
序 缶に宿るもの
美術館のガラスケースの中に、何億円という値札を隠し持って並んでいる名画。あるいはガイドブックが赤い星印をつけ、「絶景」と太字で保証してくれる歴史的な観光地。私たちは日常的に、「美」や「感動」というものが特定のオブジェクト(物体)や場所に、あらかじめ固定された属性として埋め込まれていると信じ込まされている。値段が高いから美しい。歴史があるから尊い。有名だから感動していいはずだ、と。
しかし、私たちは本当は知っているはずだ。
世界的に高名なキャンバスの前に立ち、音声ガイドの解説を耳に流し込み、歴史的価値を頭では「理解」しているにもかかわらず、それがただの「古びた布と塗料の塊」にしか見えてこない、冷ややかな夜があることを。目の前にあるのは間違いなく「本物」なのに、心のどこにも波が立たない。まるで欠席裁判の被告席に座らされているような、居心地の悪い静けさだけがそこにある。
その一方で──。
深夜のパーキングエリア。誰かがうっかり落とし、舌打ちひとつ残して走り去っていった、たった一本の凹んだ缶コーヒー。それが自販機の蛍光灯とアスファルトの影が交差する場所で、なぜか息をのむほどの異様な気配を放っている瞬間がある。誰も見ていない。誰の依頼も受けていない。値段はせいぜい130円だ。それなのに、そこには名画の前では感じられなかった何かが、確かに宿っている。
この落差はどこから生じるのか。
美とは、物質の属性――価格、歴史、手作りか量産品か――に宿るものではない。それは、ある時空において「神様(気配・気まぐれな奇跡)がそこに居るか、それとも留守か」という、極めて動的な「現臨(Presence)」の問題なのだと思う。
美術館の名画も、観光ガイドの星印も、要するに「ハレ」として設計された非日常だ。あらかじめ祝祭であることが告知され、入場料まで取られる祝祭。だが、駐車場の缶コーヒーが放っている気配は、そういう演出された観光とは対極にある、誰にも告知されない日常の中の祝祭だ。切符も案内板もない代わりに、誰にも邪魔されていない。
もっとも、観光を見下す資格など、私たちにはないのかもしれない。松尾芭蕉は『おくのほそ道』の冒頭で、月日そのものが永遠の旅人であり、過ぎ去っていく年もまた旅人なのだ、と書いた。だとすれば、この世界に生まれ落ちた私たち自身、どだい定住者ではなく、短い間だけこの惑星を巡っている観光客にすぎない。世界を所有する権利など最初から持っていないから、たまたま通りかかった駐車場で、何の予約もなく、神様の気まぐれにふと立ち会ってしまう。それは観光の対義語ではなく、観光という条件そのものが、私たちに許してくれている偶然なのだと思う。
物珍しさとは、本来、遠い異国に向けられる視線のはずだった。だが、この惑星の一時滞在者にすぎない私たちにとっては、通勤路も、駐車場も、コンビニの棚も、実はどこも異国と変わらない。そう考えると、日常そのものが物珍しいのだ。見慣れているつもりで、実は誰も、この世界の常連にはなれていない。
答えを急がず、しばらくこの缶コーヒーの周りを、時代も国境もまたぎながら、ぐるぐると歩き回ってみたい。西洋の哲学者も、日本の路上観察者も、京都の哲学者も、音楽家も、仏像をこよなく愛したイラストレーターも、みんな同じ一点──「神様が、いま、ここに居るのか、それとも留守にしているのか」──の周りを、それぞれ別の言葉で歩いていた。年表順に並べる必要はない。近いものから、たまたま近くにいたものへと、歩いた順番で書いていく。歩き終える頃には、たぶん一本の「道」のようなものが、後ろに残っているはずだ。
純粋階段、無用門
1972年、赤瀬川原平という美術家が、街を歩いていて、ある奇妙なものに気がついた。上った先に何もない、ただの階段。四谷にあったそれを、彼は「純粋階段」と名付けた。翌年には、西武池袋線の江古田駅で、もう誰も使っていない出札口を見つける。長年の銭の出し入れで凹んだ石の表面に合わせて、わざわざ曲線に切り出されたベニヤ板で塞がれた、使われなくなった窓口。さらに南伸坊という仲間が、お茶の水の病院で、堂々とした造りなのに出入り口だけが完全にセメントで塗り固められた通用門を見つけて報告した。
赤瀬川はこれらに「超芸術」という名前を与え、のちに元読売ジャイアンツの助っ人選手、ゲーリー・トマソンの名にちなんで「トマソン」と呼ぶようになる。四番打者として高額で獲得されたにもかかわらず、来る日も来る日も空振りを繰り返し、ただそこに立っているだけの役立たずと化していたトマソン選手。その皮肉な愛称が、不動産に付着したまま美しく保存されている無用の長物の名前になった。
トマソンの定義で重要なのは、これが「作品」ではないという一点だ。誰も、階段を上った先に何もない状態を、意図して作ったわけではない。建築の都合や取り壊しの都合が偶然重なって、ただそこに残ってしまっただけだ。作者の自己表現も、評価されたいという下心も、そこには一ミリも介在していない。にもかかわらず、それを見つけて「これは超芸術だ」と見立てる、観察者の側の視線があって初めて、トマソンはトマソンとして立ち上がる。
これは、深夜のパーキングエリアで凹んだ缶コーヒーに出会った、あの感覚とほとんど同じ構造をしている。誰かの粗相、誰かの失敗、誰の作品でもない事故。そこに美を見出すかどうかは、物件そのものではなく、たまたまそこを通りかかった人間の側の感度にかかっている。赤瀬川は路上を歩きながら、缶コーヒーの謎にすでに40年以上前から答えを出していたことになる。しかも西洋哲学の言葉を一つも借りずに。
しかも、トマソン物件の多くは、職人の手仕事どころか、量産されたベニヤ板やセメント、規格化された建材でできている。「オリジナルだから尊い」「複製品だからオーラがない」という発想そのものが、人間があとから作った価値の体系にすぎない。神様は、何百万枚と作られたベニヤ板の上にさえ平気で現れる。手作りか量産品かというラベルなど、最初から気にも留めていないのだ。
水源
赤瀬川がなぜ、こんな見立てができたのか。その水源をたどっていくと、日本の思想の、もっと深い場所に行き着く気がする。
仏教が繰り返し説いてきた「無常」──すべてのものは生まれては消え、固定された実体を持たない、という認識。これは「神様が居たり居なかったりする」という、この文章の核そのものの言い換えでもある。美を物質にあらかじめ貼り付けられたラベルとして見るのをやめ、時空の中でたまたま立ち現れては、また潮が引くように消えていく出来事として見ること。
茶道の「一期一会」という言葉も、この根っこは禅の「諸行無常」にある。今この一瞬の出会いは二度と繰り返されない、という前提があるからこそ、亭主も客も、その場限りの誠意を尽くす。深夜の駐車場で凹んだ缶コーヒーに気づいた瞬間もまさにこれだ。その光景は、写真に撮っても、二度と同じ形では再現できない。
千利休が完成させた「侘び寂び」──質素で不完全なもの、経年で朽ちていくものの中に美を見出す、禅由来の美意識──もまた、この水脈の下流にある。無用の長物、不完全なもの、誰にも顧みられないものに美を見る態度は、赤瀬川がある日突然発明したものではない。日本の中に何百年も流れていた地下水が、20世紀後半に路上観察という形で、たまたま地表に噴き出しただけなのかもしれない。
突き刺すもの、たまたま重なるもの
面白いのは、この地下水脈が、遠く離れた場所でも、ほとんど同じ形で地表に噴き出していたことだ。
批評家ロラン・バルトは、生前最後の著作『明るい部屋 写真についての覚書』(1980年)のなかで、写真への反応を二つに分けた。ひとつは「ストゥディウム」──文化的なコード、歴史的背景、教養によって「理解できる」種類の、穏やかな関心。もうひとつが「プンクトゥム」──制作者の意図も、こちら側の意図も超えて、写真の片隅の些細な細部が、不意打ちで心を「突き刺してくる」現象。バルトはこれを、ラテン語で「刺し傷」を意味する言葉から名付けた。
有名美術館の名画や、整備され尽くした観光地は、しばしば人間の「ここで感動しろ」という無言の圧力と、「これを理解してみせよう」という私たち自身の自意識、つまりストゥディウムで隙間なく充満している。その密度の高さから、気まぐれな神様は「ここは少し居心地が悪いな」と、そっと額縁の裏から抜け出して留守にしてしまう。
一方、京都帝国大学に提出した博士論文をもとにした九鬼周造の主著『偶然性の問題』(1935年)は、屋根瓦が落ちてくる過程と、たまたまその下を通りかかった人が歩く過程という、まったく独立した二つの因果の系列が、ある一点で交わることで「事故」が生まれる様子を分析している。九鬼はこの、狙って起きたわけではないのに確かに起きてしまった交差にこそ、それ以上遡ることのできない「原始偶然」を見た。そして、その原始偶然に包まれたときに人間の内側に生まれる「驚き」という実在感情こそが、芸術の根本的な動機になりうる、とまで書いている。
フランスの批評家と、京都の哲学者。二人は互いを知らないまま、それぞれの言葉で、ほとんど同じ場所にたどり着いていた。狙って作られたのではなく、計算不能な事故として路傍に転がっている缶コーヒーは、九鬼が屋根瓦の例で描いてみせた、二つの因果系列の予期せぬ交差そのものだ。バルトの言う「刺」とは、九鬼の言う「偶然」という神様の気まぐれが、私たちの無防備な心に、何の予告もなく直接触れてくる現象に他ならない。
ジャングルの蝉
音楽家の細野晴臣が、こんな話をしていたのを憶えている。バリ島のジャングルの中、日暮れ時に広場で座っていたときのことだ。日が陰るにつれて、蝉のような虫の声が鳴き始めた。それが一点から始まって、どんどん広がって、いつの間にか全方位を包み込むサラウンドになっていった。それを聴いていたら、「音楽はかなわないな」と思った、と彼は語っている。
これは、作曲家の意図を超えたところで、世界そのものが立てる音の方が、人間が組み立てたどんな音楽よりも圧倒的だった、という告白だ。細野はその感覚を音楽的な表現にしようと試みたが、どうしてもできなかったという。効果音として使うことはできても、それには「意味がない」。
これもまた、缶コーヒーの一族に連なる出来事だと思う。誰かが作曲したわけではない、ジャングルの蝉の大合唱。人間の計画の外側で、ただ夜が来るという事実だけを理由に立ち上がってくる音の壁。細野はのちに、環境音楽やアンビエントという領域に深く分け入っていくが、その原点にあったのは、おそらく「作る」ことをやめて、「そこにすでに在るもの」に耳を澄ますという、極めて受動的な態度だったのではないか。
誰得のお土産
赤瀬川がトマソンを路上に見つけたのと同じ頃、もう少し違う角度から、同じような気配を蒐集していた人物がいる。みうらじゅんだ。
彼は「いやげ物」という言葉を作った。もらっても嬉しくない、正直言って要らない、けれど誰かが確かに「これは土産になる」と信じて作ってしまった、奇妙な置物やキーホルダーの総称だ。誰も本気で欲しがっていない。デザインした本人にすら、大した自負はなかったかもしれない。それなのに、実家の棚の奥や、親戚の家の下駄箱の上に、なぜか何十年も生き残っている。みうらはそれを大量に蒐集し、写真集にまでした。
彼はまた「マイブーム」という言葉も作った。世の中の流行に流されず、自分だけの中で勝手に盛り上がっている興味のことだ。ルーツは小学4年生の頃、寺巡りの中で仏像に心を奪われたことにあるという。誰に頼まれたわけでもなく、ただ自分の中でだけ燃えている興味。この人はのちに、仏教の普及に貢献した人物に贈られる賞まで受けている。
いやげ物にも、マイブームにも、共通しているのは「他人の評価を経由しない」という一点だ。名画のように、専門家のお墨付きや歴史的な文脈を必要としない。ただ、たまたまそれを見つけた人の中だけで、勝手に何かが灯る。これは、深夜の駐車場でうっかり缶コーヒーに気づいてしまった、あの無防備な瞬間と、驚くほど近い場所にある感性だと思う。
昇る蜃気楼
19年間、日本を離れていた小沢健二という歌い手が、2017年に発表した「流動体について」という曲がある。羽田沖の夜景を眺めながら帰還する男が、もし違う選択をしていたら、という並行世界に思いを馳せる歌だ。彼はそこで、自分ひとりの内側の意志のようなものが、気づけば言葉を変え、言葉が都市そのものの手触りまで変質させてしまう、という感覚を歌っている。数学的で、同時に美的でもある蜃気楼として。
この歌が描いているのは、世界を固定された実体としてではなく、常に揺れ動き、可能性のまま宙吊りになっている「流動体」として捉える視線だ。今ここにある形は、無数にありえた形のうちの、たまたま実現してしまったひとつにすぎない。それは名画のように完成し、固定された作品としての世界観とは、正反対の場所に立っている。
西洋の哲学者たちも、実はこれと似た地点を、別の言葉で歩いていた。マルティン・ハイデガーは『存在と時間』で、道具が「破綻」する瞬間について語っている。工場で何百万個と量産された缶コーヒーは、普段は喉の渇きを潤すための、透明な道具にすぎない。誰もその物質そのものを見てなどいない。だが、誰かがそれを落として「凹む」とき、便利であったはずの道具性が壊れ、缶は人間の計画やエゴのコントロールから、突如として離脱する。落とした本人のやらかした小さな傷と、その夜の光と影が、誰の意図も介在しないまま「たまたま」重なった瞬間。そこには作者のエゴも、評価されたいという下心も、一ミリも存在しない。後年の『芸術作品の根源』でハイデガーは、この無心な破綻の隙間からこそ、世界がふだん隠している素顔を覗かせる、と論じた。彼はそれを「脱隠蔽」と呼んだ。
ヴァルター・ベンヤミンは、複製技術によって芸術作品の一回性、つまり「アウラ」が失われていくと論じた。だが路上や深夜のコンビニ前で私たちが目撃している現象は、このベンヤミンの古典的なテーゼさえ、軽々と飛び越えていく。手作りの一点ものか、工場の量産品かという分類は、最初から気配の有無とは関係がない。彼らの結論のすべてに同意する必要はないけれど、少なくとも彼らもまた、「固定された価値」というものへの疑いから出発していたことは、覚えておいていい。西洋の哲学と、日本の路上と、深夜のジャングルの蝉と、要らないお土産と、帰還者の歌。国境も専門分野も、実はそれほど高い壁ではなかったのかもしれない。
道
ここまで、時代も国も専門分野もばらばらのまま、たまたま近くにいたものから順に歩いてきた。赤瀬川原平の純粋階段、仏教の無常、バルトの刺、九鬼の偶然、細野の蝉、みうらのいやげ物、小沢の蜃気楼、そしてハイデガーとベンヤミンの脱隠蔽とアウラ。
彼らは互いに参照し合っていたわけでも、同じ学派に属していたわけでもない。それなのに、全員が同じ一点──美とは物質に固定された属性ではなく、ある時空において神様が「居るか、留守か」という、動的で再現不可能な出来事なのだ、という一点──の周りを、それぞれ別の入り口から歩いていた。
たぶんこれが「道」と呼んでいいものの正体なのだと思う。整備された一本道ではなく、あちこちから別々に歩いてきた足跡が、気づけば同じ地面を踏んでいた、という事後的な模様。誰かがあらかじめ設計した道ではないから、地図には載っていない。ただ、後ろを振り返った人にだけ、うっすらと見えてくる。
近代の芸術観は、「観客がいて、評価されて初めて芸術は完成する」という、どこまでも人間中心主義的な前提のうえに築かれてきた。だが、ここまで歩いてきた道の上で起きていることは、むしろその逆だ。人間という観客が完全に不在であるからこそ、そこは人間のエゴから守られた、もっとも清浄な領域となり、神様がふらっと立ち寄る。予告も足音もなく、ただ夜露に濡れた芝の上に、そっと降り立っているだけでいい。
人はそれを「発見」して自分の手柄にする必要すら、本当はない。ただ、たまたまそこを通りかかった者が、「ああ、いまここに居たな」と無言でうなずき、すれ違えば、それで十分なのだ。人気のない路地には、証人がいないぶんだけ、かえって裏切られようのない確かな約束が結ばれている。
人間が一人残らず退場した丑三つ時、あるいは誰も見向きもしない人気のない路地裏。SNSでのバズも、カメラのシャッター音も、後世の歴史的評価も届かないその静寂の中で、世界はただの気まぐれで美を発生させ、誰に知られることもなく、そのまま静かに消していく。
「この感覚は、自分の思い過ごしなのだろうか」
その問いに対する答えは、明確に「否」だと言い切っていい。それは思い過ごしなどではなく、路上を這うようにして見つけられた超芸術であり、写真の片隅から不意に飛んでくる刺であり、屋根瓦と通行人が交わる一点の事故であり、ジャングルの蝉時雨であり、誰にも欲しがられないお土産であり、帰還者が見た蜃気楼であり、そして道具が壊れる瞬間に立ち現れる、ただのモノでもある。呼び名は違っても、同じ地面を踏んでいる。
私たちは長らく、「分かる/分からない」「価値がある/ない」という頭の解釈だけで、世界を読み解こうとしてきた。しかし、世界と素手で衝突する瞬間に本当に必要なのは、知識でも理解でもない。ただ、「居たか、居なかったか」という、身も蓋もないほど直観的な皮膚感覚だけだ。
名画の前に立っても、神様が留守なら、そこにあるのはただの布と塗料だ。何もない深夜の帰り道、凹んだ缶の横に、神様は「適当に、ランダムに」佇んでいることもある。
誰も見ていなくても、今夜も世界のどこかで、誰の許可も得ずに、勝手に小さな奇跡が起きているのかもしれない。
その身も蓋もないほどの軽やかさと予感を、そっとポケットに忍ばせて。私たちはまた、居たり居なかったりする、この適当で、そして美しい世界を、そのまま歩いていけばいい。