Abtoyz Blog

ニュースの裏側に潜む「構造」を、独自の視点と個人的な思い出で読み解く考察ブログ。テクノロジーから都市論、文化史まで、抽象的な事象を言語化し、変化の激しい現代を賢く生き抜くための視座を提示します。

顔がわからぬまま16組が成立──岐阜県「メタバース婚活」の全貌と、マッチング率81%の理由

顔が見えなくても、声と言葉だけで縁は生まれる。岐阜県のメタバース婚活が生んだ、新しい出会いのかたち(イメージ)

岐阜県が主催した「メタバース婚活」で、全3回・16組のマッチングが成立した。参加者が残した一言がある。

「外見から入っていれば、選ぶことはなかった」

顔が見えない仮想空間で声と言葉だけで話し、気づいたら「この人と話していたい」と思っていた。もし最初に顔を見ていたら、その感情は生まれていなかったかもしれない。

2025年11月から2026年1月にかけて開催されたこのオンライン婚活イベントで、参加者の6割以上が婚活そのものが初めてだった。顔出しなし、移動なし、参加費無料。なぜこの形式が、これまで動けなかった人たちを動かしたのか。

そしてもう一つの問いがある。なぜ「役所」がメタバースで婚活を支援するのか。その答えは、日本の恋愛が抱えてきた、ある構造的な問題に行き着く。

 


1. 岐阜県「ぎふマリパーク」──仕組みと参加方法

面積全国第7位の岐阜県。山間部に暮らす人も、仕事で忙しい人も、自宅から等しく参加できる設計が求められ(イメージ)

岐阜県の婚活支援事業「ぎふマリッジサポートセンター(おみサポ)」が、メタバースプラットフォーム「cluster」と連携し、仮想空間「ぎふマリパーク」を開設した。

開催日 対象年齢
第1回 2025年11月1日(土)14:00〜17:00 25〜35歳
第2回 2025年12月21日(日)14:00〜17:00 35〜45歳
第3回 2026年1月31日(土)14:00〜17:00 25〜35歳

定員は男女各8名(計16名)、参加費無料(応募多数の場合は抽選)。

参加資格:男性は岐阜県内在住・在勤の独身者(おみサポ会員なら県外でも可)、女性は独身であれば県内外問わず可(県外者は岐阜県への関心が条件)。

参加ステップ:WEB申込 → 抽選・当選通知 → オンライン本人確認 → プレイベント参加(アバター操作練習、必須)

岐阜県がメタバースを選んだ理由は明快だ。面積全国第7位(約1万621㎢)の広大な県で、山間部の住民も等しく参加できる設計が必要だった。過去に対面イベントへ参加した人から「オンラインを使ったイベントを行ってほしい」という声があり、「移動ゼロ・無料・自宅から」という条件がそのまま形になった。

 


2. 当日の体験──「武装なし」の出会いとは

服装も、体型も、化粧も関係ない。その人が「地で持っているもの」だけが、相手に届く(イメージ)

参加者がログインすると、キャンプ場を模した仮想空間が広がる。たき火の音、風の音。アバターは自由にファッションや髪型をカスタマイズでき、RPGのような非日常の感覚が「婚活している自分」という緊張をほぐす。

イベントの核心は全員との1対1トークタイムだ。参加者が特定の椅子に2人で座ると、clusterの「ボイス音量フィルタAPI」が機能し、他の参加者に声が聞こえない完全なプライベート空間が生まれる。

岐阜県子ども・女性部の岩井輝義さんはこう説明する。

「椅子に座ると自分たちにしか聞こえない。イベントでは1対1の会話を全員と10分ずつ話せる時間を設けているので、場所を移動しながら会話してもらう」

プロフィール交換はなく、会話の内容だけで相手を知っていく。名前はニックネーム、顔はアバターの後ろに隠れている。服装も、体型も、化粧も関係ない。

ここに、この出会いの本質がある。リアルの婚活では「鎧を着て」参加する。服装・髪型・体型管理・第一印象の演出。マッチングアプリでは「プロフィール写真という最初の顔」が勝負を決める。どちらも「準備された自分」を最初に提示しなければならない。

メタバースでは違う。その人が「地で持っているもの」──話し方、価値観、ユーモアのセンス──だけが相手に届く。岩井さんはその狙いをこう語る。

「先入観なしに相手の内面や価値観を知ることができるのが売りだ」

参加者の声はより直接的だった。

「外見にとらわれず、その人の本質・素直なところが分かるような気がして新鮮で良かった」

カップリング成立後は、センターがオンライン・リアル顔合わせをコーディネートする。「マッチング成立」はゴールではなく、リアルへの橋渡しまでが設計に含まれている。

 


3. マッチングアプリが解けなかった問題

数百万人の中から選ぶより、8人と全力で話す方が、縁は生まれやすい。マッチングアプリが解けなかった問いに、メタバース婚活は別の答えを出した(イメージ)

ここで一つの逆説を押さえておきたい。

2020年以降、恋人探しの手段としてマッチングアプリが1位になった。オンライン婚活が20〜30代の出会いの主戦場となったにもかかわらず、18〜34歳の独身者で恋人がいると答えた割合は男性21.1%、女性27.8%(国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」2021年)と低水準のままだ。男性に至っては20年間で6ポイント低下し続けている。

マッチングアプリは出会いを増やしたが、恋愛率を上げなかった。

理由は2つある。

1つ目は「選択のパラドックス」だ。数百万人が登録するアプリに終わりはない。「もっといい人がいるかもしれない」という感覚が消えず、目の前の相手に本気になれない。

2つ目は、外見フィルターの問題だ。アプリの最初の関門は写真だ。顔写真がなければほぼスルーされ、写真の印象が悪ければプロフィール文は読まれない。外見に自信が持てない人、写真映りが悪い人は、出会いの舞台から構造的に遠ざかる。婚活のやり方として「まずアプリ」が常識になった結果、内面重視で出会いたい人ほど最初の関門で弾かれる皮肉が生まれた。

マッチングアプリが実際にやったことは、もともと恋愛できていた層をさらに効率化しただけだった。「結婚したいのに動けない」という多数派の問題は、何一つ解いていない。

その証拠がある。こども家庭庁「令和6年度 若者のライフデザインや出会いに関する意識調査」では、結婚を希望しながら約6割が「特に何も行動を起こしていない」と答えた。一方で18〜34歳の未婚者の男性81.4%・女性84.3%は「いずれ結婚するつもり」と答えている(同出生動向基本調査)。

欲しいのに、動けていない。この層こそが、岐阜県のメタバース婚活参加者の6割以上を占める「婚活初経験者」と重なる。

 


4. なぜ「8人」で81%のマッチング率が出るのか

全国19自治体・293人のデータが示したカップルマッチング率81%。対面婚活の約40%と比べ、2倍近い数字が出た理由は、設計の中にあった(イメージ)

全国19自治体でのメタバース婚活(2022〜2024年、参加者293人)のカップルマッチング率は81%(メタバース婚活協会)。対面婚活の通常のマッチング率(約40%)の2倍近い数字だ。

高マッチング率の理由は3つ重なっている。

① 外見というノイズが消える

「視野から情報が入ってくると、見た目で"もうないかな"と対象から外れてしまうこともある。そういう要素に左右されないのでマッチングにつながる」と担当者は語る。外見フィルターを除いた状態では、会話の質そのものが唯一の判断基準になる。

② 「今夜この8人だけ」という閉じた設計

マッチングアプリの「無限の選択肢」と、メタバース婚活の「今夜この8人だけ」は、構造として対極にある。「何択あれば十分か」という問いへの答えは数ではなく、「これで全部だ」と感じられる閉じた構造があるかどうかだ。終わりのある世界の中でこそ、人は目の前の相手に本気で向き合える。

③ 全員と必ず話す設計が先入観を壊す

8人全員と1対1で10分話す強制接触が、「この人はなさそう」という先入観による切り捨てを防ぐ。「外見から入っていれば選ばなかった」という縁が、この設計によって初めて生まれる。

3つが重なったとき、人は「地の自分」で相手と向き合う。これはテクノロジーの力ではなく、「動けない人が動けるための設計」の力だ。

 


5. 全国19自治体が証明したこと

岐阜県の取り組みは孤立した実験ではない。

自治体 特徴・実績
岐阜県 全3回・16組成立、参加者6割が婚活初経験
島根県出雲市 女性参加者全員マッチング、6組誕生
千葉県「ちばメタ婚」 令和6年・8年度と連続開催
神奈川県 メタバース+リアル交流会の2段階設計
鹿屋市(鹿児島) デジタル仲人がサポート

2022〜2024年の全国データは明確だ。参加者293人、カップルマッチング率81%、その後リアルデートに進んだ割合は約7割。自治体婚活支援の新しいモデルとして、「婚活×メタバース」は全国に定着しつつある。

特に象徴的なのは、縁結びの聖地・島根県出雲市のケースだ。女性参加者全員がマッチングし6組が誕生した。参加者の一人はこう語っている。

「外見から入っていれば、選ぶことはなかった」

 


6. この取り組みが問いかけること

「動けなかった」のはあなたのせいではない。動けるための場が、長い間存在しなかっただけだ。その扉が、いまようやく開かれている(イメージ)

この記事を通じて見えてくるのは、婚活のやり方の話だけではない。

「自由に恋愛せよ」という価値観は、戦後日本に広く浸透した。しかしその価値観を動かすためのインフラ──出会いの場の設定、外見を排除した紹介、断られるリスクの緩衝、成立後の橋渡し──は、誰も用意しなかった。かつてはそれを仲人や地域の共同体が担っていたが、都市化とともに消えた。代わりに登場したマッチングアプリは、外見フィルターで「動けない層」を構造的に排除した。

「個人で自由に恋愛せよ」という価値観だけが広まり、それを動かすインフラは広まらなかった。

結果として「欲しいが動けない」多数派が生まれた。そしてその層こそが、自治体婚活支援を必要としている人たちだ。

メタバース婚活が実質的にやっていることを分解すると、仲人がかつて担っていた4つの機能──出会いの場の設定、内面重視の紹介、断られるリスクの緩衝、成立後の橋渡し──をテクノロジーで再実装している。自治体婚活支援は「補助的なもの」ではなく、多くの人にとって「それがなければ始まらないインフラ」だ。

「動けなかった」のはあなたのせいではない。動けるための場が、長い間存在しなかっただけだ。

岐阜県の小さな仮想空間で生まれた16組の縁は、そういう問いかけを静かに含んでいる。恋愛が得意な人は昔も今も少数だ。残りの多くは、正しいインフラさえあれば動ける。その設計が、いまようやく始まっている。

 


データ出典一覧

データ 出典
婚姻件数(2023年:47万4,741組、2024年:48万5,063組) 厚生労働省「人口動態統計(確定数)」
恋人交際率(男性21.1%・女性27.8%)・結婚希望率・独身理由 国立社会保障・人口問題研究所「第16回出生動向基本調査」(2021年)
結婚希望者の約6割が「何も行動していない」 こども家庭庁「令和6年度 若者のライフデザインや出会いに関する意識調査」
メタバース婚活マッチング率81%・全国19自治体・参加者293人 メタバース婚活協会・cluster公式(2022〜2024年)
岐阜県メタバース婚活詳細・参加者の声 CBCテレビ報道・cluster公式メタバースビズニュース(2026年3月)
岐阜県面積全国第7位 国土地理院「全国都道府県市区町村別面積調」(2025年)