
高校の文化祭でキャッシュレス決済を導入し、部費300万円を運用。
そして約81万円の利益を出し、その利益を寄付した――。
TBSの報道番組「Nスタ」で紹介された高校投資部の事例は、教育的で健全な取り組みとして伝えられた。
確かに、美しい話だ。
しかし同時に、ある違和感が残る。
なぜ、再投資しなかったのか?
もし利益を再び運用に回していたら。
それは単年度の成功ではなく、「継続する資本」になったはずだ。
ここから話は、単なる高校部活の話ではなくなる。
それは――
日本は資本をどう扱う文化なのか?
という問いに接続する。
1.まず事実整理:高校投資部は何をしたのか
報道された内容を整理すると、こうだ。
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部費:約300万円
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活動:株式などの金融商品を運用
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文化祭ではキャッシュレス決済を導入
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利益:約81万円
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その利益を寄付
重要なのは、彼らが「投機」ではなく「学習」として運用していた点だ。
利益を寄付することで、
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金儲けが目的ではない
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社会貢献である
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教育活動である
というメッセージを明確にした。
この判断は、現在の日本社会において非常に合理的だ。
未成年が資本を増やすことに対する社会的警戒を、うまく回避している。
だが同時に――
複利はそこで止まる。
2.『インベスターZ』は何を描いた漫画なのか
ここで重要なのが、インベスターZだ。
三田紀房によるこの作品は、進学校「道塾学園」を舞台にした投資漫画である。
設定はこうだ。
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成績トップだけが入部できる「投資部」
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部は秘密組織
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学校創立以来の資金を運用
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運用益で学校を支えている
彼らは利益を寄付しない。
再投資する。
そして資本を積み上げ続ける。
なぜ秘密なのか?
それは単純だ。
資本は力になるからだ。
運用益が学校財政を支えれば、
投資部は事実上、学校の意思決定に影響を持つ。
再投資は合理的だが、
同時に「権力」を生む。
ここに最初の緊張がある。
3.英国エンダウメント思想とは何か
この構造は、決してフィクションだけの話ではない。
英国の伝統的大学、たとえば
University of Oxfordや
University of Cambridgeでは、
寄付金は原則として消費されない。
運用される。
そしてその運用益で、
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奨学金
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教員給与
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研究費
が賄われる。
これをエンダウメント(恒久基金)という。
重要なのは思想だ。
元本は守る。
利益のみを使う。
未来世代のために資本を残す。
ここでは「再投資」は倫理的行為である。
欲望は否定されない。
制度に組み込まれる。
これが「欲望の制度化」だ。
だが、このモデルも無垢ではない。
長期資本は安定を生む。
同時に、既存エリートを強化する。
資本は継承される。
それは成熟か。
それとも固定化か。
4.日本の学生自治はなぜ資本を持たなかったのか
1960年代、日本の大学では「学生自治」が高揚した。
しかし、その自治は政治的・思想的なものであり、
経済的自治ではなかった。
資本を持つことは、体制側に立つことと見なされた。
利益を追うことは、純粋性を損なう行為とされた。
ここに日本的な傾向がある。
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所有には罪悪感が伴う
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利益は社会還元すべき
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再投資はどこか冷たい
その結果、日本の大学は
英国型エンダウメント文化を育てなかった。
だが本当にそれは敗北だったのか。
5.欲望を抑えた社会は、欲望を失ったのか
日本は欲望を否定してきた。
少なくとも表向きは。
だが1980年代、バブルが起きる。
土地、株、投機。
抑制されていた欲望は、爆発した。
欲望は消えなかった。
ただ制度化されていなかっただけかもしれない。
英国は欲望を管理した。
日本は欲望を否定した。
その差は、どちらが健全なのか。
答えは簡単ではない。
6.高校投資部はどちらに向かうのか
81万円を寄付する。
それは、日本的で美しい選択だ。
だが再投資し続ければ、
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部は強くなる
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発言力を持つ
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継続的資本を持つ
それはもはや部活ではない。
小さな権力になる。
では、規制すべきか。
透明化すべきか。
それとも制度として認めるべきか。
結論を出さない
寄付は倫理的だ。
再投資は合理的だ。
どちらも正しい。
英国は欲望を制度化した。
日本は欲望を抑制してきた。
どちらも完全ではない。
投資部の81万円は小さい。
しかしその選択は、
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資本を積み上げる社会になるのか
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資本を循環させる社会でいるのか
という問いにつながる。
私たちは、
欲望を管理する社会になるのか。
それとも欲望を美徳で包み続けるのか。
答えはまだ出ていない。
だからこそ、この緊張は続く。