車はテントであり、プラモデルである：マッドマックスより「所ジョージ的」新しい豊かさ

かつて自動車は、その「パワー」と「スピード」によって、若者に熱狂的な憧れを抱かせ、富裕層に揺るぎないステータスを提供する「特別な存在」でした。しかし、現代社会において、その魅力の比重は大きく変化しています。

本稿では、現代の自動車市場を形作る「価値観の二極化」と、新しい形の「趣味性」について掘り下げます。車は「暴走する狂気」の象徴から、「生活を支える優しいパートナー」へと移行しつつあり、その新しい価値は「テント」と「プラモデル」という二つのキーワードに集約されます。

1. 崩壊した「パワー崇拝」と「競技性」の終焉

かつての車は、重いものを乗せて高速で遠くに移動できる「絶対的なパワー」が魅力の根源であり、「競技性」が最大の熱狂を生んでいました。しかし、この価値観は構造的に衰退し、別の価値に置き換わりつつあります。

1-1. 経済的合理性の勝利

現代の多くの人々、特に都市部の若年層は、「パワー」よりも「経済的合理性」を優先します。所得の伸び悩みに対し、安全・環境規制で車両価格は高騰し、維持費も重圧です。この結果、車への支出は「贅沢な趣味費用」として見なされるようになり、維持費を他の趣味や生活の質（QOL）向上に使う方が合理的という価値観が主流となりました。これにより、「所有」から「利用」（カーシェアなど）へのシフトが加速しています。

1-2. 「暴走の主体」の高齢化

「パワー崇拝」の衰退は、統計的にも「若者の暴走族構成員数が激減した」という形で確認されています。暴走行為を行う主体は、ノスタルジーを求める中高年層の「旧車會」へと移行しました。これは、若者にとって「パワー」が自己表現の主要な手段でなくなった一方で、当時の熱狂を知る世代が、ノスタルジーを原動力にその記憶を再現している現象と言えます。車の魅力の中心は、社会への反抗から個人の内面的な満足へと移行しています。

2. 新しい魅力：「テント」と「プラモデル」の時代

競技性が衰退した代わりに、現代の車は「生活の質を高める趣味性の高い道具」として、二つの新しい価値観を軸に人気を集めています。これは、「熱狂的ではないが、十分に楽しい趣味」という新しい車との付き合い方です。

2-1. 「テント」としての車：体験と居住性の価値

車が「テント」であるということは、「移動できる、安全で快適な居住空間」としての価値です。

車中泊・バンライフの定着: コロナ禍を契機に加速した車中泊やバンライフは、宿泊費の節約と、ホテルに縛られない究極の移動の自由を両立させます。車は単なる乗り物ではなく、旅の基地、「動くリビング」としての体験価値を提供しています。
家族の快適性: 高級ミニバンが売れ続けるのは、運転手以外の家族全員の「移動中の快適さ」という体験価値に、多額の費用を投じる合理性が認識されているためです。

2-2. 「プラモデル」としての車：愛着と創造性の価値

車が「プラモデル」であるということは、「手を加えて愛着を育む、未完成の遊び道具」としての価値です。

レストア文化の隆盛: 自分で時間をかけ、旧車を修理するレストアは、「ノスタルジー」を「創造性」で具現化する趣味です。完成品を買うのではなく、過程と愛着を重視します。
カスタマイズの深化: 軽自動車やコンパクトSUVを、キャンプや釣りといった他の趣味のための道具として最適化し、自分だけの個性的な「相棒」を作り上げる楽しみが広がっています。

3. EVがもたらす「パワー」の再定義と倫理的な魅力

内燃機関の「パワー崇拝」が崩壊した後、電動化（EV）は、車への新しい魅力と倫理的な価値観をもたらしています。

3-1. 新しい「静かなるパワー」

EVはエンジンとは異なる、静かで瞬発力の高いトルクという新しい形の「パワー」を提供します。これは、轟音を響かせるような「狂気」のパワーではなく、「ストレスのない滑らかで快適な移動」を追求する、現代にふさわしい「優しいパワー」と言えます。

3-2. 環境性能という「倫理的な魅力」

特に若い世代にとって、「燃費が良い」というだけでなく、「排出ガスゼロであること」自体が、車を選ぶ上での倫理的な魅力になっています。車を所有するコストだけでなく、環境負荷という社会的コストを下げるという点も、現代の合理的な判断の一部となっています。

4. 富裕層の価値観：車は「投資」と「品の良い社交」

一般層が「実用」と「趣味」を追求する一方で、富裕層は車を「資産」として捉えます。

投資対象としての車: クラシックカーや限定車は、高級時計や貴金属と同じ「代替資産」です。希少性から価値が下落しにくく、趣味と投資を両立させる手段となっています。
「品の良い社交」: 堺正章さんが象徴するように、富裕層のクラシックカー愛好家の集いは、歴史、技術、教養を共通言語とする「品の良い社交の場」です。彼らは、ノスタルジーを「資産」と「文化」に昇華し、その熱狂を社会的に受容される形で楽しんでいます。

5. 結論：車は「暴走する狂気」から「優しいパートナー」へ

これら全ての変化が示す最終的な結論は、自動車がその本質を「暴走する狂気」の象徴から、「生活を支える優しいパートナー」へと移行しつつあるということです。

安全性と快適性: 自動運転技術（ADAS）の普及は、交通事故という「狂気」のリスクを減らし、移動時間をストレスのない「可処分時間」へと変えます。この技術の進化は、車を「安全な移動空間」として位置づけ直しています。
社会的な受容: 多くの人々は、車に「安全」「環境性能」「経済合理性」「快適性」という、優しく協調的な価値を求めています。
未来の姿: 我々の進む道は、「大排気量の奪い合い」に満ちたマッドマックス的な未来ではなく、「自分の好きなものを、自分のルールで、豊かに楽しむ」所ジョージさんのライフスタイルが世界中に広がる、スマートで、安全で、趣味性の高い新しいモビリティ社会です。

熱狂は去りましたが、車は「生活の基盤」として、そして「人生を豊かにする最高の遊び道具」として、その価値を再定義し、人間にとってなくてはならない「優しいパートナー」としての地位を確固たるものにしつつあります。