
近年、日本の教育現場の象徴である「修学旅行」が、そのあり方を根底から問われています。一泊数万円の費用を投じる学校行事が、保護者や教育委員会から「高額な消費」ではなく「生徒の将来への戦略的な投資」としての明確なリターンを求められる時代となりました。
この転換を迫る背景には、深刻化する三重苦と、それに伴う「定番の京都・大阪離れ」という顕著なトレンドがあります。
導入:修学旅行を直撃する三重苦と「定番離れ」の波

1. 旅費高騰と「定番地」のキャパシティ限界
旅費高騰は、円安、燃油サーチャージの急騰、人件費の上昇といった構造的な要因で進行しています。これにより、海外や沖縄といった遠隔地だけでなく、国内旅行の費用も高騰しました。
さらに、これまで修学旅行の王道であった京都・大阪は、インバウンド観光客の増加により、宿泊施設の確保が困難になり、観光地や交通機関が慢性的に大混雑しています。特に春や秋の修学旅行シーズンは、バスやタクシーの確保も困難となり、「高額な費用を払っても、混雑で学びの時間が奪われる」というコスパの悪化が、学校を定番地から遠ざけています。
2. 「富山の問い」と学びの格差
この状況に、「本当にその費用対効果があるのか?」という問いを投げかけたのが、一部自治体の決断です。富山県や石川県の小学校が古くから修学旅行を持たず、「地域に根差した体験学習」を重視してきた事例は、「費用をかけて遠くへ行くこと=質の高い学びではない」という合理的な視点を提供しました。しかし、安易な廃止は、経済的な理由で旅行経験の少ない生徒の「学びの機会」を奪うという新たな「格差」を生むリスクも抱えています。
この課題を克服し、費用を抑えつつ生徒の成長と地域の未来を同時に切り拓く「高コスパ」な次世代モデル。それこそが、「瀬戸内海の離島モデル(ハブ都市ハイブリッド・クラス分散型)」なのです。
第二章:瀬戸内海モデルが実現する「高コスパな戦略的投資」

このモデルの鍵は、京都・大阪では解決が難しい「収容力」と「移動コスト」の問題を、「ハブ都市の安定性」と「離島の教育資源」の組み合わせで解決し、「クラス単位の分散型」で実行することにあります。
1. 構造的な壁の克服:ハブ都市ハイブリッド戦略
生徒数百人規模のロジスティクスを安定させるため、モデルの基盤を岡山・高松という安定したハブ都市に置きます。
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宿泊とロジスティクスの集中: 生徒全員を、岡山または高松の大規模ホテルにクラス単位で分散宿泊させます。これは、離島のキャパシティ不足を補うだけでなく、スマホ充電の安定供給や、高速データ通信の確保、そして緊急時の医療インフラへのアクセスを保証し、教員の精神的負担を大幅に軽減します。
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交通・キャパシティの分散: 300人一斉の大型フェリー予約ではなく、40人単位の少人数で航路や時間を分散させることで、予約の安定性を確保しつつ、費用を抑制します。また、クラス単位であれば、京都・大阪で慢性化しているバスやタクシーの確保難といったロジスティクスの問題も避けることができます。
2. 教員の負担軽減と質の担保:クラス単位分散の恩恵
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教員の負担軽減: クラス担任が安全管理と生活指導に集中でき、過度な重圧から解放されます。さらに、教員のスキル不足による「教育的なはずれ」を防ぐため、探究学習の設計や現地ファシリテーションを専門の教育NPOやコンサルタントに積極的に外注する分業体制を確立します。
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濃密な交流と個別化: クラス単位の少人数であれば、地域住民との交流は「見学」で終わらず、「深い対話」となります。担任は、生徒の進路や興味に合わせ、探究テーマを細かくカスタマイズする機会を得られます。
第三章:生徒は現地で「何を学ぶのか」:創造的アウトプットの力

このモデルが、すべての生徒のモチベーションと学習効果を最大化する鍵は、生徒の「YouTubeを見る」から「自分で作ってみたい」という現代的な創造性を、学習のエンジンとして活用することです。
1. 最大のフック:「作りたい」欲求と「実務的成功体験」
生徒はスマホを「娯楽ツール」ではなく、「探究学習と安全管理の必須ツール」として携帯します。容易に、かつ実社会に影響を与えるアウトプットが、最高の報酬となります。
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リアルな影響力を持つPR動画制作: 生徒は、離島の「映える」ロケーションで、動画制作、編集、デザインといった実務スキルを習得。制作目標は、「実際に地域の観光協会で公式採用され、SNSで公開されるPRコンテンツ」です。これにより、生徒は「プロレベルの達成感」と、自らの努力が社会に影響を与えるという自己肯定感を得られます。
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進路に直結する「企画ポートフォリオ」: 離島の課題解決をテーマにしたビジネスプラン、デザイン案は、単なるレポートではなく、大学の総合型選抜(旧AO入試)のポートフォリオや、就職活動における「企画力・実行力の証明書」として活用できます。「遊び」が「将来への投資」になるという合理性が、すべての生徒に響きます。
2. 複合的な探究テーマと具体的な学習プロセス
クラス単位の分散型であれば、伝統的な定番地では実現が難しかった、以下のような多角的なテーマ設定が可能です。
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テーマA:アートと地域社会の再生(直島・豊島) 生徒は単に作品を鑑賞するのではなく、「なぜこの土地にこの作品が設置されたのか」「過疎化とアートがもたらす経済的・社会的影響」を深掘りします。現地NPOや美術館スタッフへのヒアリングを通じて課題を把握し、最終的に「次の芸術祭に提案するアート作品のコンセプトと設置場所」をプレゼンテーションします。これは、生徒のクリエイティビティと論理的な企画力を鍛えます。
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テーマB:伝統産業とサステナビリティ(小豆島・因島) 小豆島の醤油蔵や因島の造船所といった伝統産業の担い手に、後継者不足や環境対策についてインタビューします。このヒアリングを基に、「伝統産業をZ世代に繋ぐためのマーケティング戦略」や「サステナブルな観光プラン」を考案し、地元の商工会に提言します。生徒は、歴史と経済、そして環境問題を複合的に学ぶ機会を得ます。
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テーマC:食文化と地域ブランディング 離島の農漁村にて、漁業や農作業を体験します。地域住民と共に、離島の特産品を使った「新しい食文化の発信プラン」や「地域ブランドを確立するためのロゴデザイン」を制作し、地域住民との合同試食会を通じてフィードバックを受けます。これは、実学を通じた自己有用感と、デザイン・企画力を高めます。
第四章:モデルの持続可能性を担保する二つの戦略

この革新的なモデルを単なる「一過性のイベント」で終わらせず、恒常的な教育プログラムとするためには、以下の二つの組織的な課題をクリアしなければなりません。
1. 教員の「属人性」を排除する仕組み
教員のスキル不足による「教育的なはずれ」を防ぐため、属人性を排除します。このモデルは教員の「善意」ではなく、「システム」で維持されます。
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探究学習の外部委託の標準化: 修学旅行の企画・引率だけでなく、「事前学習の設計」「現地でのファシリテーション」を、旅行会社や地域の教育NPOが提供する専門パッケージとして導入します。教員は安全管理と生徒指導に専念し、教育の質を外部の専門家が責任を持って担保する分業体制を確立します。
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デジタル・ツールの活用: 生徒の事前学習、ヒアリング、報告書作成を支援するデジタルワークシートやアプリを開発し、教員のスキルレベルに関わらず、生徒が自力で学習プロセスを進められる仕組みを構築します。
2. 「地域への適切な対価」と仕組み化による疲弊の防止
地域住民の善意に頼る運営は限界です。持続可能性を担保するため、「適切な対価」をコストとして計上し、地域連携を仕組み化します。
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対価の適正化の必然性: 農泊やヒアリング協力に対し、従来の謝礼以上の適切な対価を支払うことは、地域住民が疲弊せず、「ビジネス」として継続的に受け入れを行うための必須条件です。このコストこそが、質の高い体験と安全性を担保する「賢明な投資」となります。
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地域コーディネーターの育成: 自治体や観光協会が「受け入れ専門の地域コーディネーター」を育成・配置し、学校と住民の間の煩雑な調整を一手に担わせます。これにより、個々の住民の負担を軽減し、年間を通じた安定的な受け入れ体制を確立します。
結論:修学旅行は「創造と持続性の投資」へ
「瀬戸内海の離島モデル」は、費用高騰、教員負担、そして定番地の飽和という現代の課題に対する、最も現実的かつ効果的な回答です。
このモデルは、ハブ都市の安定性、クラス分散の柔軟性、そして生徒の「作りたい」という創造性をエンジンに変えることで、修学旅行を単なる過去の思い出作りから、生徒が未来をデザインする力を身につける「戦略的な教育投資」へと進化させます。
そして、この革新は、教員の負担を軽減するシステム化と、地域住民に適切な対価を支払う仕組み化によって、初めて持続可能なものとなります。修学旅行は、生徒の成長と地域の未来、そして教育の持続性を同時に実現する「創造と持続性の投資」の舞台として、今、瀬戸内海の美しい島々に開かれようとしているのです。