
最近、東京・調布市の深大寺に、かつてないほど多くの若者が押し寄せています。テレビ番組で「地元住民もびっくり」と報じられるほどですが、その背景には、単なる観光ブームではない、現代の若者特有のムーブメント「#自然界隈」の存在があります。
なぜ、若者は深大寺へ向かうのか? そして、このブームの核にあるファッション、これから訪れる秋冬の楽しみ方、そして「界隈」の本質まで、深掘りして解説します。
「#自然界隈」とは? デジタル世代の心の避難所
「#自然界隈」とは、主にZ世代がSNSで使うハッシュタグの一つで、「自然のあるスポットに出向き、その体験を共有する人々」のコミュニティや行動様式を指します。深大寺のブームは、このムーブメントが「和の情緒」と結びついた結果です。
1. 「オタク界隈」から「ライフスタイル界隈」へ
「界隈」という言葉は、特定のコンテンツを愛好するコミュニティから広まりましたが、「#自然界隈」はよりライフスタイルや価値観に根ざした新しい形のコミュニティです。
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デトックスの矛盾と救済: 常に情報過多なSNS社会で疲弊した若者は、深大寺の竹林や境内の静寂で一時的な心のデトックスを求めます。彼らにとってのデトックスとは、「情報やコミュニケーションのプレッシャーから離れ、心に響いたポジティブな体験だけをSNSに出力すること」なのです。
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「情景の聖地巡礼」: 深大寺のラムネやお蕎麦は、単なる飲食ではありません。それは、アニメやドラマで描かれる「理想化された日本の夏の日常」を追体験する「情景の聖地巡礼」。この理想の世界観へのゆるやかな共感が、界隈の所属意識を生み出しています。特に鬼太郎茶屋は、日本の妖怪文化とアニメ的な世界観を体現する格好のスポットです。
ファッションとアイテムの「映え」融合戦略
「#自然界隈」のユニークな点は、「ガチすぎない」こと、そして「街の延長でおしゃれを楽しめる」ことです。この界隈は、自己表現と「映え」を両立させる戦略的なライフスタイルとして機能しています。
1. ファッションのキーワードは「シティ・アウトドア」
界隈のファッションは、従来の本格的な登山スタイルとは一線を画します。
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高機能ウェアの日常化: ノースフェイス、パタゴニア、アークテリクスなどの高機能アウトドアブランドのアイテムを、街着やストリートスタイルにミックスするのが主流です。これにより、「おしゃれだが、もし山に行きたくなってもすぐに行ける」という準備万端なライフスタイルを表現します。
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「スニーカーでも行ける」哲学: 装備のハードルを下げることも重要です。本格的なシューズではなく、お気に入りのスニーカーで散策できる手軽さが、深大寺や都市近郊の渓谷が人気を集める大きな理由の一つ。「思い立ったらすぐ行ける自由さ」を重視しています。
2. 「エモい瞬間」を切り取るアイテム戦略
持ち物も、ただ機能的なだけでなく、背景に溶け込み、かつ写真に写り込んだときに「エモい」ムードを加速させるものが選ばれます。
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デザイン性の高い温冷タンブラー 冬に欠かせない甘酒やココアを入れるためのアイテムです。洗練されたデザインのものを選び、雪景色や渓谷を背景に湯気と共に写すことで、温かさとオシャレを両立。これは、寒い自然の中での「特別なご褒美」を演出する上で欠かせません。
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フィルムカメラ・レトロ風カメラ 「写ルンです」のようなフィルムカメラや、フィルム風に加工できるレトロ風デジカメ(またはチェキ)が人気です。あえて画質や色味にノイズや温かみを加え、ノスタルジーを表現する手法は、デジタルネイティブ世代が逆に新鮮に感じる「エモさ」です。
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小型のバックパックやサコッシュ 大きな荷物を持たず、財布とスマホとカメラだけという身軽さも重要です。自然の中での自由さを強調し、旅慣れたミニマリストな印象を与えます。
秋冬のテーマと「界隈」の本質
「#自然界隈」のブームは、季節が深まるにつれて、そのテーマと魅力も変化します。
1. 季節で変わる「エモい」テーマ
秋のおすすめとエモさ:
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紅葉の古刹、ススキ草原、渓谷を巡る。
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テーマは「侘び寂び」とノスタルジー。金色に輝く風景の切ない美しさを、温かい蕎麦湯や甘酒で和の温もりと共に感じる。
冬のおすすめとエモさ:
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氷柱(ライトアップ)、かまくら、鍾乳洞を訪れる。
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テーマは「厳寒の中の温もり」と「非日常のSF」。光と氷の芸術、ココアと雪がもたらす秘密基地のような安心感を追求する。
2. 「#自然界隈」の核:原風景と童心の融合
結局のところ、「#自然界隈」の本質は、二つの感情の融合にあります。そして、これが現代のアニメ文化と強く結びつく理由です。
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日本の原風景への憧れ 若者にとっての原風景とは、実際に経験した昔の景色だけでなく、アニメが描いてくれた理想化された日本の情景です。雪の温泉街や、光に透ける竹林など、「あの世界観」が具現化された場所を訪れる行為は、まさに聖地巡礼です。
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童心に帰る感覚 ココア、ラムネ、かまくらといったアイテムが喚起するのは、子供の頃のシンプルで楽しい記憶です。競争やプレッシャーから解放され、自然の中で無邪気に楽しむ時間は、心のリフレッシュと救済をもたらします。
「#自然界隈」は、単なるトレンドではなく、「理想の日本の情景」の中で心の安らぎを得て、ファッションとSNSで自己肯定感を高めるという、現代社会を生きる若者たちの、洗練された自己表現の場なのです。