
夏になると、多くの人が「今年こそは水着を着て海に行きたい!」と思う一方で、心の中では「でも、やっぱり着たくないな……」と感じているのではないでしょうか。
最近の調査では、20代以上の女性の8割以上が水着を着ることに抵抗を感じているといいます。体型を隠せるラッシュガードや水陸両用ウェアが人気を集めていることからも、「水着を着ない」という選択が、もはやスタンダードになっていることがわかります。
この「水着離れ」は、単なるファッションの変化ではありません。その背景には、日本の社会全体を覆う「消極的な時代精神」が深く関係していると、私は考えています。
活気に満ちたバブル期、大胆なファッションは自信の表れだった
1980年代後半から90年代初頭にかけてのバブル期。この時代を象徴する水着は「ハイレグ」、街では「ボディコン」でした。どちらも女性の体のラインを大胆に強調する、露出度の高いスタイルです。
当時の女性たちは、なぜここまで大胆なファッションを楽しめたのでしょうか?
そこには、当時誰もが持っていた「積極的な時代精神」がありました。
好景気を背景に、誰もが「明日は今日より良い日になる」と信じていました。潤沢なボーナスを手にし、海外旅行やブランド品にお金をかけることが当たり前でした。エステで美を磨き、その磨き上げた身体を水着やボディコンで堂々と見せることは、人生を謳歌している自分に対する自信の表れだったのです。
「恋愛とセックス」もオープンで活発でした。将来への不安が少ないため、人々は「今」を全力で楽しむことに積極的でした。ハイレグやボディコンは、そんな活気とエネルギーに満ちた時代の象徴だったと言えるでしょう。
昔より体型が良くても「着たくない」現代の複雑な心理

しかし、バブル崩壊後の「失われた30年」を経て、日本の社会は大きく変わりました。
驚くべきことに、フィットネスブームや健康志向の高まりにより、現代人の体型は昔より引き締まっている人が多いかもしれません。それなのに、なぜ「水着を着たくない」という声が増えているのでしょうか?
その背景には、SNSによる自己評価の基準の変化と、「目立ちたくない」という強い欲求が絡み合っています。さらに、ワークライフバランスへの意識の変化も、この傾向を加速させていると考えられます。
-
終わりのない「理想」との比較 バブル期は、鏡に映る自分の姿が「イケてる」と感じられれば、それで十分な自信になりました。しかし、現代はSNSで完璧に加工された体型の写真や、プロが撮影したインフルエンサーの「最高の瞬間」が常に目に飛び込んできます。その結果、努力して手に入れたはずの自分の身体よりも、非現実的な「加工された完璧な身体」が理想になってしまうのかもしれません。この終わりのない比較に疲れてしまい、せっかく磨いた身体でも、水着を着て人前にさらすことに抵抗を感じてしまうのです。
-
「目立たない」ためのサバイバル術 バブル期は「目立つこと」がポジティブな自己アピールでした。しかし、現代では、過度に目立つ言動は炎上や批判のリスクを伴います。また、職場で「みんなと同じであること」が円滑な人間関係を築く上で重要だと考える人も多いでしょう。ハイレグ水着やビキニは良くも悪くも注目を集めますが、現代の「目立ちたくない」という心理を持つ人々にとって、それは避けるべきリスクです。体型を隠せるラッシュガードや水陸両用ウェアは、他者からの評価を気にしなくて済む「無難な選択」であり、現代人ならではの合理的なサバイバル術とも言えます。
-
「ワークライフバランス」という新たな価値観 バブル期は、仕事に全力を注ぎ、その報酬で派手なレジャーを楽しむという価値観が一般的でした。しかし、現代は「仕事とプライベートをきっちり分けたい」と考える人が増えています。水着を着て海に行くような非日常的なレジャーは、時間もお金もかかります。それよりも、自宅でゆっくり過ごしたり、手軽な趣味に時間を使ったりする方が、自分らしい充実した時間を過ごせると考える人が増えたことも、水着離れの一因と言えるでしょう。
水着と国力と少子化は、全てが繋がっている

一見、水着の流行と国力、少子化は全く関係のない問題に思えるかもしれません。しかし、これらはすべて「消極的な時代精神」という同じ根っこから生まれた、繋がった問題だと私は考えます。
水着離れは、自信のなさや内向き志向を象徴しています。 国力の停滞は、将来への不安から、リスクを恐れて挑戦しない姿勢が、経済の活力を奪っている現状を表しています。 そして少子化は、経済的な負担や、自分の身体すら完璧にできないという自己否定感が、結婚や子育てといった大きな決断への意欲を低下させているのかもしれません。
バブル期は、誰もが「上へ、外へ」と向かうエネルギーに満ちていました。しかし、現代は「現状維持」「内へ」と向かうエネルギーが社会を覆っています。
「水着を着ない」という一見些細な行動は、この「消極的な時代精神」を映し出す鏡なのです。ハイレグやボディコンの時代がもう二度と戻ってこないのは、日本の経済が停滞し、人々の心が前向きになれない限り、あの時代の活気と自信も戻ってこないからでしょう。
私たちは、この「消極的な時代精神」とどう向き合っていくべきなのでしょうか。「水着を着たくない」という言葉の裏に隠された、日本の大きな課題を改めて考える時期に来ているのかもしれません。