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もしあの時【Apple株10万円】買っていたら?25年後の資産がヤバすぎた現実

もしあの時買っていたら、天文学的な数字に(イメージ)

誰もが一度は考えたことがあるでしょう。「もしあの時、違う選択をしていたら、私の人生はどうなっていたのだろう?」と。そんな「たられば」の物語は、単なる後悔話ではありません。それは、私たちが下した決断の重み、そして時に手のひらからこぼれ落ちていった「幻の可能性」を、まざまざと突きつけてくるものです。

今回は、特に多くの人を惹きつけてやまない「投資」と「偶然」にまつわる3つの「たられば」を、あなたの心に深く刻み込むリアリティで綴ってみましょう。

 


 

もしあの時【Apple株10万円】買っていたら?25年後の資産がヤバすぎた現実

2000年、春。あなたは新卒で入社したばかりの会社員。初めてもらったボーナスの一部、たった10万円をどうするか、頭を悩ませていました。世間はITバブルが弾けた直後で、暗いニュースばかりが流れていましたね。当時、Appleはまだ「マニア向けのPCメーカー」というイメージで、倒産寸前とさえ囁かれていました。

飲みに行った居酒屋で、同期の友人が冗談めかして言いました。「なあ、Appleの株でも買ってみたら?なんか面白そうじゃん」。あなたは「バカなこと言うなよ、あんな会社、いつ潰れるか分かんないだろ」と一笑に付し、結局、堅実に大手銀行の定期預金に預けました。金利は雀の涙でしたが、安心感だけはありました。

 


 

2025年。もしあの時、10万円のApple株を買っていたら…

現在、2025年7月9日。もしあなたがその10万円をApple株に投じ、そして今日まで一切手放さずに持ち続けていたらどうなっていたでしょうか?

2000年1月3日時点のApple株価は、株式分割(2000年6月21日に1株→2株、2005年2月28日に1株→2株、2014年6月9日に1株→7株、2020年8月31日に1株→4株)を考慮すると、1株あたり約0.32ドルでした。10万円は約900ドルに相当し(2000年1月の平均為替レート約106円/ドルで計算)、ざっと2,812株が買えた計算になります。

そして、そのAppleがiPod、iPhone、iPadと次々と世界を変える製品を生み出し、株価は怒涛の勢いで上昇し続けました。

本日、2025年7月9日時点でのApple株価を約220ドル(現在の株価から今後の成長を類推した仮定値)とすると、あなたの資産は2,812株 × 220ドル = 618,640ドル。日本円にして(本日時点の約157円/ドルで計算すると)約9,700万円をゆうに超えていたでしょう。

もしあなたがその株を保有し続けていたら、仕事でちょっとしたストレスを感じるたびに、心臓の奥に「自分にはApple株がある」という確かな安心感が宿っていたはずです。子供の教育費、マイホームの頭金、あるいは早期リタイアの夢さえも、絵空事ではなく、いつか現実になる「プラン」として、常に頭の中にあったことでしょう。

同窓会で久しぶりに会う友人たちとの会話も、きっと違ったものになったはずです。「最近、投資どう?」なんて話が出たとき、「いやー、実はさ…」と切り出し、彼らの驚愕する顔を見て、あなたは内心誇らしげに成功談を語れたに違いありません。

しかし、現実はどうでしょう。あなたは今も、あの時の友人の言葉を思い出すたびに、ささやかな後悔の念に囚われます。最新のiPhoneを手にしながら、「もしあの時…」と、遠い羨望の眼差しでAppleの株価チャートを眺め、あの日の後悔が消えることはありません。

 


 

もし2010年、1,000円分のビットコインを、そのまま忘れて放置していたら…?

2010年、あなたはまだ大学生。暇つぶしに見ていたインターネット掲示板で、「新しいデジタル通貨」として紹介されていたビットコインという謎の存在に、ほんの少し興味を抱きました。まだビットコインが世間にほとんど知られておらず、1BTCが数十円、いや、1円にも満たないような値段だった頃のことです。

「まあ、消えてもいいか」と、あなたは軽い気持ちで当時開設されたばかりの怪しげな取引所にアクセスし、手持ちの1,000円分だけビットコインを購入しました。当時、ビットコインが取引され始めたばかりの頃で、ギネス記録によると2010年5月22日には1万BTCがピザ2枚と交換されています。この記録に基づくと、1BTCあたりの価格は0.0025ドル(約0.25円)でした。1,000円あれば、約4,000BTCが手に入った計算になります。

しかし、その後は卒業、就職と怒涛の忙しさに巻き込まれ、ビットコインの存在も、ウォレットのパスワードも、すべてが記憶の彼方へと消え去ってしまいました。

 


 

2025年。もしあの時、1,000円分のビットコインを忘れていなかったら…

現在、2025年7月9日。ビットコインは再び高騰の波に乗り、1BTCが約7万ドル(約1,100万円、本日時点の為替レート157円/ドルで計算)になっていたと仮定します(※現在の価格動向から類推)。

あなたのあの1,000円分のビットコインは、実に4,000BTC × 70,000ドル/BTC = 2億8,000万ドル。日本円にして(本日時点の約157円/ドルで計算すると)約439億6,000万円という、天文学的な数字になっていたのです。

もしあなたがパスワードを覚えていたら、そしてそのビットコインを保有し続けていたら、あなたの人生は文字通り一変していたでしょう。満員電車に揺られ、日々の仕事のストレスに耐える必要はなかった。好きなだけ世界を旅し、興味のある事業に心ゆくまで投資し、社会貢献活動にも惜しみなく時間と資金を投じられたかもしれません。

友人たちと飲んでいる席で、酔った勢いで「そういえばさ、昔ビットコイン買ったんだよな…」と冗談めかして言った瞬間、友人全員が凍り付くでしょう。「まさか、お前、あの頃のビットコインを持っていたのか!?」と、彼らの目には羨望と、どこか恐怖すら浮かんでいたに違いありません。

しかし、現実は違います。あなたは今日も満員電車に揺られ、ビットコインのニュースを見るたびに、胸の奥底からこみ上げてくる激しい後悔と、自分の記憶力のなさを呪うでしょう。「なぜあの時、パスワードをメモしなかったんだ!」「なぜ、もう少し調べておけばよかった…」。あの1,000円が数十億円、いや数百億円になったというニュースを目にするたび、あなたは文字通り頭を抱え、一生涯、その「幻の富」に憑りつかれることになるかもしれません。

 


 

バブル崩壊直後、渋谷駅近の土地を買っていれば…

1992年、日本経済はバブルが崩壊し、地価は文字通り坂を転げ落ちるように暴落していました。若かったあなたは、漠然と不動産投資に興味があり、ある雑誌で「渋谷駅周辺の地価が底値を打っている」という記事を読みました。実際に渋谷を歩いてみると、確かに、以前では考えられないような価格で土地や小さなビルが売りに出されています。

あなたは心を動かされ、当時駅徒歩5分の場所に、手の届く価格で売りに出ていた小さな土地の資料を取り寄せました。しかし、周りの誰もが「まだ下がる」「不動産はもうダメだ」と口を揃えて言いました。特に、親からは「借金してまで手を出さない方がいい」と強く反対され、あなたは結局、購入を見送る決断をしました。あの時、あの土地を「無理だな」と諦めたことを、あなたは今も鮮明に覚えています。

 


 

2025年。もしあの時、渋谷駅近の土地を買っていたら…

渋谷区の地価は、バブル崩壊後の長きにわたる低迷期を経て、2000年代後半から再開発の波に乗り、驚くべき勢いで高騰を続けました。特に渋谷駅周辺は、再開発の象徴として、その価値は想像を絶するほど跳ね上がっています。

渋谷区の商業地の平均地価は、1991年のバブル期のピークで1平方メートルあたり約1,475万円でしたが、1993年には約575万円まで下落しました。もしあなたが1993年頃に、渋谷駅から徒歩圏内の比較的アクセスしやすい場所で、1坪(約3.3平方メートル)あたり200万円、つまり1平方メートルあたり約60万円で土地(例えば商業ビル跡地など)を買えたと仮定します。これは当時の状況を考えると、かなり安価な部類ですが、それでも「底値」と呼べる価格帯でした。

それが、2025年現在、渋谷駅周辺の商業地の地価は、坪単価で2,000万円から5,000万円以上(場所によるが、再開発エリア中心ではさらに高額)に達しています。仮に、あなたが購入した土地の価値が1坪あたり3,000万円になっていたとしましょう。

もし50坪(約165平方メートル)の土地だったら、1993年に1億円で買ったものが、現在では15億円に化けていた計算になります。

もしあの時、あなたが勇気を出してその土地を買っていたら、地価が高騰するたびに、資産が雪だるま式に膨らむ喜びを実感していただろう。賃貸収入を得て、早期に経済的自由を手に入れ、煩わしい仕事から解放され、趣味や社会貢献に思う存分時間を費やす人生を選べたかもしれません。当時反対した家族も、あなたの先見の明を称賛し、あなたは家族のヒーローになっていたに違いありません。

しかし、現実はどうでしょう。あなたは今、渋谷の変貌ぶりを目にするたびに、言葉にならない感情に襲われます。そびえ立つ高層ビル群、賑わうスクランブル交差点、そしてあの時見送った土地に建つ新しい商業施設。「もしあの時、勇気を出していれば」「もしあの時、親の言うことを聞かなければ…」。渋谷の景色は、あなたにとって「取り逃がした未来」の象徴であり、心の中で一生消えない、苦い後悔の念として残り続けているのです。

 


 

最後に

これらの「たられば」は、単なる仮想の話ではありません。私たちの誰もが、人生のどこかで経験するであろう後悔や、運命の偶然性、そして何気ない選択がもたらす未来の重みを、まざまざと私たちに突きつけます。