最近、昔から好きだったお店やブランドが、いつの間にか大手企業の傘下に入っている、そんなニュースを耳にすることが増えました。たとえば、京都の老舗喫茶店イノダコーヒがコーヒー大手のキーコーヒーの子会社になったという知らせは、多くの人に「またか」という感覚を抱かせたのではないでしょうか。
「味は変わらないのかな」「雰囲気が失われるのでは」「なんだか、世の中がどんどん同じになっていくようで面白くない」――そんなモヤモヤを抱いた方も少なくないはずです。
このモヤモヤの背景には、現代社会の複雑な経済的な流れと、それが私たちの愛するブランド、ひいては私たち自身の日常にもたらす変化があります。本記事では、なぜこのようなM&A(合併・買収)が頻繁に起こるのか、その結果、ブランドの個性はどうなるのか、そしてこの流れの中で私たちが失いつつあるもの、そして見出すべき光について、多角的に考察し、皆さんの納得感を深めることを目指します。
なぜ「大手」は「ブランド」を欲しがるのか? ~資本の論理~
感情論を少し脇に置いて、なぜ大手企業が競って「ブランド」を欲しがるのか、その経済的な理由から見ていきましょう。現代の企業戦略において、これは非常に合理的かつ強力な選択肢だからです。
1. 時間を買う、強力なブランド力の獲得
ビジネスにおいて、ブランドとは「信頼」と「物語」の結晶です。長年培われたブランド力は、消費者の心に深く根差し、品質への期待、特定のイメージ、そして安心感を提供します。ゼロから新しいブランドを立ち上げ、その信頼と物語を築き上げるには、莫大な時間、費用、そして失敗のリスクが伴います。
大手企業が老舗や人気ブランドを買収することは、この「時間」と「リスク」を大幅にショートカットすることを意味します。すでに認知され、愛されているブランドを自社のポートフォリオに加えることで、瞬時に顧客基盤を獲得し、市場での競争優位性を確立できるのです。
例えば、高級スーパーマーケットとして独自の地位を築いていた成城石井を、コンビニエンスストア大手のローソンが2014年に買収した事例は典型的です。ローソンは、コンビニの顧客層に加えて、成城石井が持つ高感度で品質志向の顧客層を取り込むことができました。これは、ローソンが自力で高級志向のスーパーをゼロから立ち上げるよりも、はるかに効率的で確実な方法だったと言えます。
2. 販路拡大と効率化:規模の経済の追求
大手企業は、巨大な流通網、効率的なサプライチェーン、そして全国規模の販売チャネルを持っています。魅力的なブランドを傘下に収めることで、そのブランドの製品やサービスを、これまでの何倍もの顧客に届けることが可能になります。
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CoCo壱番屋を展開する壱番屋が、2015年にハウス食品グループ本社の連結子会社となったのは、この典型です。ハウス食品はカレーのルーで圧倒的なシェアを持つ一方、外食分野の強化を目指していました。CoCo壱番屋という強力な外食ブランドを傘下に収めることで、互いのブランド力を活かした商品展開(「CoCo壱番屋監修」レトルトカレーなど)や、原材料調達の効率化、そして販路の相互活用が可能になりました。
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また、大手の生産・物流システムに組み込むことで、買収されたブランド側も、個社では実現できなかったコスト削減や品質管理の強化といった恩恵を受けられる場合があります。
3. 事業多角化とリスク分散:ポートフォリオの強化
現代の企業経営において、単一の事業に依存することは大きなリスクを伴います。市場の変化、競合の台頭、消費者ニーズの多様化などに対応するためには、事業ポートフォリオを多角化し、収益の柱を複数持つことが重要です。
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世界的ラグジュアリーブランドを多数傘下に持つLVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)やケリング、リシュモンといったコングロマリットは、この戦略の最たる例です。ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、ティファニー(LVMH)、グッチ、サンローラン(ケリング)、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペル(リシュモン)など、多種多様なブランドを保有することで、ファッション、ジュエリー、時計、ワイン&スピリッツといった異なる市場でのリスクを分散し、グループ全体の収益安定化を図っています。
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飲料大手のキリンが、花王の「ヘルシア」事業を譲り受けた(2024年)のも、健康志向の高まりというトレンドの中で、自社の機能性飲料ポートフォリオを強化し、事業の多角化を進める狙いがあります。
4. 才能とノウハウの吸収:クリエイティブと技術への投資
大手企業が欲しがるのは、単なる商品やサービスだけでなく、それを生み出す「人」の才能や、長年培われた「ノウハウ」そのものです。特にクリエイティブ産業では、この側面が強く現れます。
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ウォルト・ディズニー・カンパニーが、CGアニメーションの雄であるピクサー・アニメーション・スタジオを2006年に買収したのは、この典型的な成功事例です。当時のディズニーのアニメーション部門は低迷しており、ピクサーの革新的なクリエイティブ力と人材が喉から手が出るほど必要でした。単に『トイ・ストーリー』などのIPを得るだけでなく、ジョン・ラセターやエドウィン・キャットマルといったピクサーのキーパーソンをディズニーアニメーション全体のトップに据えることで、ディズニーアニメの創造性そのものを根本から立て直すことを目指しました。
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同様に、2012年のルーカスフィルム買収も、「スター・ウォーズ」という世界的なメガIPと、それを生み出すクリエイティブな源泉そのものを手に入れるための投資でした。
これらは、M&Aが単なる資本の移動ではなく、「無形の資産であるブランド力、人材、ノウハウ」を獲得するための戦略であることを示しています。
「個性」は失われるのか? ~画一化の懸念と「吾朗さん」の悩み~
しかし、このような大手の買収戦略は、私たち消費者にとって常に手放しで喜べるものではありません。むしろ、「あの店の味は変わらないだろうか」「個性が失われるのでは」という不安や、「世の中がどんどん画一的になって面白くない」という、ある種の喪失感に繋がることが少なくありません。
1. ブランドの「変質」への懸念
私たちは、老舗や特定のブランドに、単なる製品以上の「物語」「哲学」「雰囲気」を求めています。それが大手資本の傘下に入ることで、以下のような変質が起こるのではないか、という懸念が生まれます。
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効率性・利益優先による品質の変化: 大手の傘下に入ると、生産コストの削減や大量生産に適応するため、原材料の変更や製法の簡略化などが起こる可能性があります。これによって、「昔ながらの味」や「手作りのこだわり」が失われることは珍しくありません。
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一部の消費者が感じる成城石井の弁当の味の変化は、この懸念に合致します。ローソン傘下で効率化や万人受けを狙う中で、かつての「高品質でちょっと贅沢」なイメージとは異なる味や品質になったと感じる人もいるようです。
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デザインや雰囲気の画一化: 大手チェーンは、どこに行っても同じ品質、同じデザイン、同じサービスを提供することでブランドを確立します。しかし、老舗の喫茶店や個人店が持つような、地域性や創業者のこだわりが詰まった「独特の雰囲気」は、そうした画一化とは相容れないものです。内装やメニューが大手チェーンのフォーマットに合わせられることで、その店ならではの魅力が失われると感じる人もいるでしょう。
2. クリエイティブの迷走と「ヒットの再現」の罠
特に、映画やアニメーションといったクリエイティブ産業では、資本の力が強くなりすぎることが、作品の質や方向性に悪影響を及ぼすことがあります。
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ジョージ・ルーカスが離れた後の「スター・ウォーズ」は、この最たる例です。ディズニーは莫大な投資を回収し、さらにシリーズを拡大するために、多くの続編やスピンオフ作品を制作しました。しかし、長年のファンからは「これまでの世界観やキャラクター像がブレている」「設定が安易になっている」「物語に一貫性がない」といった批判が相次ぎました。莫大な予算と最新技術が投入されても、作品の「魂」や「哲学」が欠けていると感じられると、ファンは離れていきます。これは、商業的な成功を優先するあまり、クリエイティブ本来の自由な発想やリスクを伴う新たな挑戦が失われた結果、とも言えるでしょう。
3. 「老舗の後継者問題」と「創業者の才覚」の重圧
多くの老舗企業がM&Aを選ぶ背景には、深刻な「後継者問題」があります。そして、この問題は「創業者の才覚」という、老舗の最大の強みであると同時に最大の弱みから生まれることが多いのです。
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創業者という「超人」の不在: 老舗を立ち上げ、困難を乗り越えて発展させてきた創業者は、往々にして並外れたビジョン、情熱、カリスマ性、そして独特のビジネスセンスを持つ「超人」です。その「才覚」がそのままブランドの個性や味、サービスに直結していることがほとんどです。
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「二代目」の重圧: しかし、この創業者の才覚は、必ずしも血縁者である「二代目」にそのまま受け継がれるわけではありません。宮﨑駿監督の息子である宮崎吾朗監督が、スタジオジブリで直面したプレッシャーは、まさにその象徴です。
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吾朗監督は建築家からアニメーションの世界に入り、『ゲド戦記』や『コクリコ坂から』などを手掛けました。しかし、常に「宮﨑駿の息子」という、あまりにも偉大な存在と比較され、その才能や作品は賛否両論に晒されました。
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ジブリは、宮﨑駿、高畑勲、鈴木敏夫という「三頭体制」による属人的なクリエイティブ集団であり、その「魂」を血縁者である吾朗監督一人に継がせるには、あまりにも重すぎたのです。
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結果として、ジブリは長年のパートナーである日本テレビホールディングスの連結子会社となる道を選びました。これは、宮崎吾朗監督に能力がないというよりは、「宮﨑駿というあまりにも偉大な創業者の後を、血縁者が個人で継ぐには、あまりにも重すぎる。ジブリという世界的なブランドを、組織体として永続させるには、外部の資本と経営ノウハウが必要だ」という判断があったと推測されます。
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このように、老舗のM&Aは、単なる資金繰りの問題だけでなく、創業者の才覚という「無形の資産」をどう次世代に繋ぐかという、非常に人間的な課題が背景にあるのです。
新しい老舗のヒント? 世界の伝統文化に息づく「型」の知恵
現代ビジネスにおけるブランドの変遷を見てきましたが、何百年、あるいは数世紀という気の遠くなるような時間を経て「ブランド」を維持・発展させてきた分野があります。それが世界各地の伝統文化や芸能です。彼らが持つ「型」の概念は、現代のブランドが直面する「個性と画一化」「継承と変質」という問いに、深い示唆を与えてくれます。
伝統文化における「型」とは何か?
日本の能、歌舞伎、茶道、武道だけでなく、インドの古典舞踊「バラタナティヤム」、ヨーロッパのクラシックバレエ、中国の京劇、あるいは世界各地の伝統工芸に至るまで、古くから継承されてきた文化には「型」が存在します。この「型」は、単なる決められた動作や表現の羅列ではありません。それは、先人たちの知恵と経験が何世代にもわたって研ぎ澄まされ、凝縮された「最適化された美的・技術的規範」なのです。
例えば、能楽師が舞台で魅せる独特の所作や、茶道の複雑な点前(たてまえ)は、まさに厳格な「型」に則っています。インドの古典舞踊における何百もの手や指の表現(ムドラ)も、バレエの基本姿勢(ポジション)も、すべてが「型」です。一見すると「画一的」「自由がない」と感じられるかもしれません。しかし、そこにこそ、伝統が長く継承されてきた秘密が隠されています。
「型」がなぜ重要なのか?
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普遍性の継承: 「型」は、その芸能や技術の本質的な美、技術、そして精神性を、時代や個人の解釈に左右されずに伝えるための揺るぎない基盤となります。これにより、何世紀にもわたってその文化が生き残り、普遍的な価値を持ち続けることができるのです。これは、現代のブランドが追求する「ブランドの核(コアバリュー)」の継承に通じるものがあります。
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土台としての個性: 伝統文化の世界では、「型を徹底的に習得して初めて、その中で演者や流派の「個性」や「創造性」が際立つ」と言われます。いわゆる「型破り」とは、型を知り尽くした上でなければ決してできないことなのです。徹底した反復によって身体に刻み込まれた型が、表現者の深い内面から湧き出る個性を際立たせる土台となります。これは、現代のブランドが「マニュアル」や「仕組み」を導入する際に、それが創造性を縛るのではなく、むしろそれを引き出すための「土台」として機能できるか、という問いかけに通じます。
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品質保証と信頼: 「型」があることで、どんな演者や弟子であっても、一定水準以上の品質が保証されます。これは、観客や顧客からの信頼を維持するために不可欠です。現代の企業が追求する品質基準やブランド体験の均一化は、この伝統的な「型」による品質保証の思想と重なる部分があります。
現代のブランド論への示唆
伝統芸能の「型」の考え方を、現代のブランドの変遷に当てはめてみると、興味深い示唆が得られます。
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大手企業が買収したブランドに導入する「仕組み化」や「マニュアル化」「品質管理システム」は、一見すると「画一化」の元凶に見えますが、それは伝統文化における「型」のように、ブランドの普遍的な品質を保証し、その価値を安定的に継承するための現代版の「型」と捉えることもできます。
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重要なのは、その「型」がクリエイティブや個性を縛り付けるだけの硬直したものではなく、それらを最大限に引き出し、未来へ繋ぐための「土台」として機能できるかどうかです。ピクサーがディズニー傘下で成功した背景には、ディズニーがピクサーのクリエイティブな「型」(文化と仕組み)を尊重し、それを自社にも取り込んだという側面がありました。
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宮﨑駿監督の作品もまた、緻密な絵コンテや世界観設定、アニメーターとの対話といった、ある種の「型」と呼べるプロセスの上に成り立っています。ジブリが日本テレビの傘下に入ったことは、この属人的な「型」を、より組織的・永続的な「仕組み」として継承し、ブランドの価値を未来に繋ぐための選択だった、とも解釈できるでしょう。
伝統文化の知恵は、ビジネスにおける「ブランドの継承と進化」のあり方について、私たちに深く考えさせるヒントを与えてくれます。
それでも「面白さ」は生まれるのか? ~逆境の中の多様性~
「結局、世の中は資本に吸い上げられて、画一的でつまらなくなるだけなのか?」――そう感じてしまうかもしれません。しかし、この流れの中で「面白さ」が完全に消えるわけではなく、むしろ多様な形で新たな価値が生まれる可能性も秘めています。
1. 大手傘下での「クリエイティブの飛躍」:ピクサーの成功が示す可能性
ピクサーは、大手であるディズニーに「吸い上げられた」代表例ですが、その買収は、結果としてピクサーのクリエイティブを壊滅させるどころか、「その面白さをより大きく、より広く届けるための手段」となりました。
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ディズニーによる買収後も、ピクサーは『ウォーリー』『カールじいさんの空飛ぶ家』『インサイド・ヘッド』といった批評的・商業的に成功した傑作を世に送り出し続けました。これは、当時のディズニーCEOボブ・アイガーが、ピクサーの「クリエイティブの文化」を徹底的に尊重し、干渉しないという方針を明確にしたからです。
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さらに、ピクサーの創業者であるジョン・ラセターやエドウィン・キャットマルといったキーパーソンをディズニーアニメーション全体のトップに据え、ピクサー流の自由な発想と品質追求の文化をディズニー本体に持ち込ませました。彼らは単なるクリエイターではなく、経営者としての視点も持ち合わせていたため、資本とクリエイティブの間の橋渡し役として機能し、ディズニーアニメ自体の立て直しにも貢献しました。
この事例は、「吸い上げる側」の大手が、「面白さの価値」を深く理解し、それを壊さないようにマネジメントする「賢さ」を持っていた場合に、ブランドがさらに飛躍できることを示しています。
2. 「吸い上げられない」ことで生まれる純粋な「面白さ」:インディーゲームの台頭
一方で、大手資本の傘下に入らず、独自のクリエイティブと小規模なチームでヒット作を生み出す「インディーゲーム」(独立系ゲーム)の台頭は、「資本に頼らない面白さ」の可能性を示しています。
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例えば、一人で数年かけて開発された牧場経営シミュレーションゲーム『Stardew Valley(スターデューバレー)』は、大手にはない温かみのある世界観と自由なゲームプレイで、全世界で数千万本を売り上げる大ヒットとなりました。また、日本のクリエイターが手掛けたRPG『Undertale(アンダーテイル)』も、独特のストーリーと音楽、キャラクターで熱狂的なファンを生み出し、世界的な現象となりました。
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これらは、大手のマーケティングや市場調査からは生まれにくい、開発者の純粋な「作りたい」という情熱や、特定のニッチなターゲット層に深く刺さるような「こだわり」から生まれた「面白さ」です。
SteamなどのPCゲームプラットフォームや、Nintendo Switchのような家庭用ゲーム機でのダウンロード販売が充実したことで、比較的少額の開発費でも世界中に作品を届けられるようになり、大手パブリッシャーを介さずに成功する道が拓かれています。
3. 小さな資本で新たな価値を創出する「新しい老舗」:クラフトムーブメント
ビール業界が大手寡占状態にある中で、近年急速に成長しているのがクラフトビールです。小規模な独立系醸造所が、既存のラガービールとは異なる多様な風味や製法を追求し、個性的な製品を生み出しています。
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クラフトビールは、単なる飲料ではなく、「物語性」と「体験価値」を提供します。醸造所のこだわり、地域の素材、職人の顔が見えることなどが、製品一つ一つに付加価値を与え、消費者はその物語ごと購入します。醸造所併設のタップルームでの試飲や、イベントへの参加など、大手にはない顧客との直接的な交流も魅力です。
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一部の大手メーカーも「クラフト風」の製品を投入していますが、独立系クラフトビールが持つような「熱狂的なコミュニティ」や「探求心」には及ばないことが多いです。
クラフトジンやクラフトチョコレートなど、他の食品分野でも同様の動きが見られ、これらは「資本に吸い上げられない」形で、「小さくても魅力的なブランド」を創出し続ける動きの現れです。クラウドファンディングなど、新しい資金調達方法を活用し、従来の「老舗」とは異なるスピードと柔軟性で成長している点も特徴です。
4. 大手による「才能の注入」:ユニクロとNIGOの成功
大手企業が、外部の才能を丸ごと買収するのではなく、「パートナー」として迎え入れ、自社の製品に「面白さ」を注入する戦略もあります。
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ファストファッションの雄であるユニクロが、ストリートファッション界のアイコンであるNIGOさんをクリエイティブ・ディレクターとして迎え入れ、Tシャツライン「UT」を刷新した事例は好例です。
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ユニクロは優れた品質と圧倒的な生産・流通力を持つ一方で、デザイン面では「無難」「おしゃれではない」というイメージがありました。NIGOさんのようなカルチャーに精通した人物を起用することで、一気にデザイン性を高め、KAWSといったアーティスト、人気アニメ、ゲームとの魅力的なコラボレーションを次々と実現。ユニクロという巨大なプラットフォームに「旬のカルチャー」と「デザイン性」という「面白さ」を注入し、新たな顧客層を獲得しました。
これは、大手企業が、外部の「ブランド(個性)」と「才能)」をうまく取り込み、自社の製品に「面白さ」を注入することに成功した稀有な例と言えるでしょう。
職人は「スーツ」と組むしかないのか? ~「共存」の重要性~
「職人」と「スーツ」という対比で考えるなら、現代において、職人がその技術や感性を未来に繋ぎ、事業として持続可能にするためには、「スーツ」つまり企業経営者やビジネスサイドの人々と組むことが、非常に有効かつ、多くの場合で不可欠な選択肢となっています。
かつては、職人が一人親方や徒弟制度のもと、技術と顧客との直接的な信頼関係だけで生きていける時代もありました。しかし、現代の複雑な市場環境においては、それだけでは立ち行かない場面が増えています。
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資金力と投資: 新しい設備導入、工房の拡張、原材料の安定的な確保、後継者育成のための研修制度など、未来への投資にはまとまった資金が必要です。「スーツ」は、これらの投資を可能にする資本を提供できます。
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経営・マーケティングのノウハウ: 素晴らしい技術や作品があっても、それを誰に、どう売るかという経営戦略やマーケティングの知識がなければ、事業を拡大したり、安定させたりするのは困難です。市場調査、ブランディング、広報活動、ECサイト構築、販路開拓といった専門知識は、職人だけではカバーしきれない領域です。
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組織運営と効率化: 事業が拡大すれば、経理、労務、法務といったバックオフィス業務も増大します。複数人の職人を抱える場合、人材育成やチームマネジメントも必要になります。「スーツ」は、これらの組織的な運営と効率化を図り、職人が本業である「ものづくり」に集中できる環境を整えられます。
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事業承継問題の解決: 後継者が見つからず、職人の技術やブランドが途絶えてしまう危機に直面した際、企業が事業を買い取ったり、職人を雇用したりすることで、その技術やブランドを組織として継承し、未来につなげることが可能になります。
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グローバル展開: 特定の職人技や製品は海外で高い評価を得ていますが、海外市場への参入は個人では非常にハードルが高いです。「スーツ」は、海外の流通ネットワーク、法規制、文化の違いに対応するための専門知識とリソースを提供し、職人の作品を世界に発信する手助けができます。
もちろん、この関係が「面白くない」「嫌だ」と感じる方もいるでしょう。その背景には、職人らしい自由さや創造性の制約、効率性や利益追求が優先されることへの懸念、そして「職人の魂」が希薄になることへの抵抗感があります。しかし、現代においては、職人の卓越した技術や感性(「匠」の力)と、ビジネスサイドの経営戦略や市場開拓力(「スーツ」の力)が互いに尊重し、補完し合う関係を築くことが、伝統技術や高品質な「ものづくり」を未来に繋ぎ、さらに発展させていく上で不可欠になっているのです。
終わりに:この時代をどう生きるか、そして未来への問い
これまでの考察を通じて、「大手資本がブランドを欲しがる」という流れが、現代社会において不可避かつ合理的な経済の動きであることが見えてきました。そして、その結果として「画一化」が進む側面があることも否定できません。私たちの愛するブランドが、資本の論理に飲み込まれ、個性を失ってしまうのではないかという不安は、決して「身勝手」な感情ではありません。それは、ブランドに対する深い愛着の裏返しであり、私たち自身の文化や感性に対する問いかけでもあります。
しかし、同時に、その中でも「面白さ」は多様な形で生まれ続けていることも見てきました。大手傘下で飛躍するブランドもあれば、独立性を貫きニッチ市場で輝くクリエイターもいます。
この状況に唯一の「正解」や「良い悪い」の結論を出すことはできません。これは、「効率性」と「個性」、「成長」と「伝統」という、異なる価値観がせめぎ合う現代社会の本質的な問いだからです。
では、私たちはこの時代をどう生きればよいのでしょうか?
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意識的な消費者であること: 私たちがどのような商品やサービスを選ぶか、その選択の一つ一つが未来の市場を形作ります。単に大手だからと敬遠するのではなく、また大手だからと無批判に受け入れるのでもなく、その商品が「どこから来て、どのように作られ、どんな物語を持っているのか」に目を向ける意識を持つこと。そして、本当に「面白い」と感じるもの、応援したいブランドには、意識的に「投資」(購入)すること。
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多様性を評価する目を持つこと: 地方都市の駅前が「東京のミニチュア」に見えるように、画一化は進みます。しかし、その駅から一歩踏み出し、裏通りや古くからの商店街に目を向ければ、まだまだその土地ならではの魅力や個性的なお店が息づいていることもあります。また、オンラインの小さなコミュニティやインディーズのプラットフォームにも、資本の論理だけでは測れない「新しい面白さ」の芽が溢れています。
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変化を理解しつつ、期待すること: 資本の力による変化は避けられない流れです。しかし、それが常に「悪い」結果をもたらすわけではありません。ピクサーの例のように、資本の力がクリエイティブの可能性を広げることもあれば、ユニクロのように外部の才能を柔軟に取り込み、新たな価値を生み出すこともあります。変化を理解しつつ、その中でどのような「新しい価値」が生まれてくるのか、期待する視点も持つことができるはずです。
私たちは、この資本が主導する世界の中で、受動的な消費者であるだけでなく、能動的に「面白さ」を見つけ、支え、時には自ら生み出す力を持ち合わせています。
あなたの「面白くない」という気持ちは、決して身勝手なものではありません。それは、あなたが多様性や個性を重んじる、素晴らしい感性を持っている証拠です。この感情を大切にしながら、これからのブランドや世の中の動きを、一緒に見つめていきませんか。