近年、「失われた30年」という言葉が象徴するように、日本の経済的な地位が相対的に低下しているという指摘が相次いでいます。例えば、2024年のIMD世界競争力ランキングでは過去最低の38位となり、平均月給も主要先進国と比較して伸び悩んでいます。こうした悲観的なニュースを目にする機会が増える中、「日本の未来は本当に大丈夫なのか?」と不安を感じる方もいるかもしれません。
では、あと10年後、日本、そして首都東京の国際的な立ち位置はどうなっているのでしょうか?単なる下降論でも、楽観的な回復論でもなく、現状の課題と向き合いながら、より現実的な未来の姿を推測してみましょう。
経済的地位:相対的な「維持」と「二極化」の進行
10年後、日本の平均月給やGDPの国際ランキングが劇的に上昇していることは期待しにくいでしょう。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(2023年公表)によれば、日本の総人口は今後も減少が続き、特に生産年齢人口の減少は避けられません。これにより、労働力供給の制約と社会保障費の増大は続き、経済を力強く成長させる要因は乏しいのが現実です。
足元では、2024年の春闘で33年ぶりの高水準となる平均5.28%の賃上げが実現するなど、賃金上昇の動きが見られます。しかし、エネルギー価格や食料品価格の高騰が続く中で、物価上昇が賃上げを上回る、あるいは拮抗する形で実質賃金の伸び悩みが続く可能性が高いです。これにより、個人の購買力は限定的で、内需が大きく回復する起爆剤にはなりにくいでしょう。
しかし、これは「一律に全てが落ちていく」ことを意味しません。むしろ、産業構造の二極化がより鮮明に進むと予測されます。
「勝ち組」ニッチ分野の存在感
日本が強みを持つ特定のニッチな技術分野は、今後10年でその国際的な存在感をさらに高めるでしょう。これらの分野は、日本の経済的な「顔」となり、国際的な評価を支える柱となると考えられます。
-
超高齢社会関連技術(ケアテック): 世界で最も高齢化が進んだ日本で培われる技術は、今後高齢化が進む欧米やアジア諸国にとって極めて価値あるソリューションとなります。例えば、パナソニックの介護支援ロボットや、CYBERDYNE(サイバーダイン)の装着型サイボーグHAL®のような、人の生活に寄り添うきめ細やかな開発が強みです。また、京都大学iPS細胞研究所に代表される再生医療関連技術は、難病治療や新薬開発において世界をリードし続けるでしょう。
-
次世代エネルギー・高機能素材: 2050年カーボンニュートラル目標に向けた世界の動きの中で、日本が培ってきた技術は不可欠です。トヨタ自動車が牽引する水素燃料電池技術、村田製作所やTDKなどが開発を進める全固体電池などの次世代蓄電池は、EVの普及や再生可能エネルギーの安定供給に貢献します。さらに、東レの炭素繊維やAGCの機能性ガラスといった高機能素材は、世界の航空宇宙、自動車、エレクトロニクス産業において欠かせない存在であり続けます。
-
精密部品・製造装置: スマートフォン、EV、AIチップなど、世界の最先端製品を動かす上で不可欠な、半導体製造装置や高純度素材、各種精密部品において、日本企業は依然として高い世界シェアと競争力を誇ります。例えば、半導体製造装置では東京エレクトロンやSCREENホールディングス、高純度素材では信越化学工業やJSR(買収予定)などが世界市場で圧倒的な存在感を示しています。これらは目立たない「縁の下の力持ち」ですが、その徹底した品質と信頼性は、グローバルなサプライチェーンに不可欠な存在であり続けます。
-
防災・レジリエンス技術: 日本は地震、津波、台風といった自然災害が多発する国であり、その経験から独自の防災・減災技術が発展してきました。鹿島建設や清水建設などが開発する高度な耐震・免震技術は、超高層ビルや重要インフラの安全を確保します。また、気象庁の高精度な早期警戒システムや、NTTなどが推進する災害時でも途絶えにくい通信インフラ技術は、気候変動で災害が増加する世界において、日本の国際貢献とビジネスチャンスの両面で重要な役割を果たすはずです。
「負け組」既存産業と格差の現実
一方で、これら一部の「勝ち組」を除けば、多くの既存産業は、国際競争の激化、国内市場の縮小、DXの遅れなどにより、依然として厳しい状況に直面すると考えられます。労働生産性の伸び悩みは多くの分野で続き、生産拠点の海外シフトも継続することで、国内の雇用環境には厳しさが伴う可能性も出てきます。
結果として、高付加価値のニッチ分野で働く人材と、そうでない分野で働く人材との間で、賃金や雇用の安定性において格差が拡大していく現実が、より鮮明になるかもしれません。
東京は依然としてアジア有数の国際都市としての地位を保ちますが、経済的なハブとしての機能は、シンガポールや上海、ソウルといった他のアジア主要都市との競争がさらに激化します。東京は、単なるビジネスセンターから、前述のニッチ技術開発の中心地、そして多様な文化体験を提供する「質の高い生活都市」としての側面を強化していくことになるでしょう。
政治・外交的地位:信頼性は維持も、影響力は「限定的」
地政学的な視点から見ると、今後10年間で日本の国際的な信頼性は維持されるでしょう。
安定したパートナーとしての日本
複雑化する国際情勢の中で、日本はアメリカとの強固な同盟関係を維持し、自由民主主義という価値観を共有する安定した国として、国際社会から引き続き信頼されるでしょう。特に、経済安全保障の観点から、サプライチェーンの強靭化を進める各国にとって、信頼できるパートナーとしての日本の重要性は増すかもしれません。
ソフトパワーの持続と「影響力」の限界
経済力が相対的に低下しても、日本の治安の良さ、きめ細やかなサービス、そしてアニメ、漫画、食文化といったソフトパワーは、引き続き世界中で高い人気を保ちます。例えば、JNTO(日本政府観光局)のデータでは、2024年に入ってから訪日外国人客数はコロナ禍前の水準を上回り、持続的な高まりが期待されます。こうした魅力は、インバウンド観光の持続的な原動力となり、外交的な好感度にも寄与するでしょう。
しかし、経済力の相対的低下は、国際機関での発言力や、国際的なルール形成における主導権において、日本の影響力に限界をもたらす可能性があります。経済成長を続ける新興国や、より強大な経済力を持つ国々の声が大きくなる中で、日本は特定の課題解決(気候変動、防災、高齢化問題など)においては貢献を示しつつも、国際社会全体を牽引するリーダーシップを常時発揮する機会は限定的になるかもしれません。
社会・文化:内向きと外向きの「併存」
10年後も、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経て加速した「外出が億劫」という心理や、根強い「出る杭は打たれる」といった国民性は、完全に払拭されているとは言えないでしょう。
内向き志向の継続と新たな外出の動機
多くの国民にとって、安心できる「家の中」や「身近な地域」での活動を重視する傾向は続くと考えられます。大規模なイベントや夜間の外出への意欲は、コロナ禍以前の水準には完全には戻らず、「終電」を意識する文化も依然として強い制約であり続けると予測します。ナイトタイムエコノミーの活性化には、「それでも外に出たい」と思わせるような、限定的で特別な体験価値の提供がより重要になるでしょう。
「多様性」への緩やかな変化
教育現場や企業の一部では、「失敗を許容する文化」や「多様性の尊重」に向けた取り組みが継続されます。例えば、経済産業省が推進するリスキリング(学び直し)支援や、企業内のDX推進は、個人の働き方や企業の文化を変革する可能性があります。しかし、社会全体にこうした変化が浸透するにはまだ時間を要します。それでも、グローバル人材の流入や、デジタルネイティブ世代の価値観の変化によって、社会の風通しは少しずつ、しかし確実に良くなっていく可能性があります。
日本の「おもてなし」は、インバウンド需要の継続的な高まりにより、外国人観光客への対応力をさらに高め、きめ細やかな「おもてなし」を多言語で提供できるようになるでしょう。これは日本の魅力の一つとして国際的に高く評価され続けます。
総括:リアリティの中に見出す「日本の価値」
10年後の日本と東京は、過去のような画一的な「発展」を遂げているわけではないでしょう。しかし、それは「衰退」一辺倒でもありません。むしろ、これまでの経済的な「下降」というよりは、「相対的な地位の緩やかな再調整」と「内在する強みへの再評価」の時期にあると捉えるのが現実的です。
私たちは、この変化の時代において、何に注力し、何を強みとしていくのかを真剣に見極める必要があります。超高齢社会の解決策、環境技術、精密なモノづくり、そして安全・安心な社会システムといった、日本ならではの「ニッチな強み」を磨き上げ、それを世界に提供することで、国際社会において独自の、そして不可欠な価値を提供し続けることができるはずです。
課題は山積していますが、その中で何に注力し、何を強みとしていくのか、その見極めと実行が今後の日本の国際的地位を左右する鍵となります。悲観論に終止符を打ち、日本の隠れたる真の力を信じ、未来に向けて私たち一人ひとりができることを考え、行動することが、この「試練」を乗り越え、「再評価」へと繋がる道となるでしょう。