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パナソニック1万人削減の衝撃:ソニーに学ぶ「再生の処方箋」と日本企業の未来

今後の成長の柱、EVバッテリー事業(イメージ)

パナソニックホールディングスが発表した1万人規模の人員削減と津賀会長の退任。このニュースは、多くの人々に衝撃を与えました。「なぜ、黒字なのにここまで大胆なリストラを?」そんな疑問を抱いた方もいるかもしれません。今回の記事では、パナソニックがこの「断腸の思い」の決断に至った背景から、日本企業が共通して抱える課題、そして未来への道筋を深掘りします。

 


なぜパナソニックは大規模リストラに踏み切ったのか?

パナソニックの楠見雄規社長(当時)は、人員削減の理由の一つとして「30年間実質的な成長ができていない」こと、そして「同業他社に比べて営業利益率が低い」ことを挙げています。これは、単に目先の赤字を解消するためだけでなく、抜本的な体質改善がなければ、グローバル競争で生き残れないという強い危機感の表れです。

直近の2025年3月期の連結決算では、売上高は前年比0.5%減の8兆4581億円、当期純利益は同17.5%減の3662億円となりましたが、営業利益は同18.2%増の4264億円と増益を達成しています。この「黒字」にもかかわらず、パナソニックが大規模な構造改革に踏み切るのは、絶対的な利益水準や資本効率に課題を抱え、現状維持では持続的な成長が見込めないという判断からです。

特に注目されたのが、楠見社長の「人員に余裕がある状態では創意工夫が生まれない。少し足りないくらいがちょうどよい」という発言です。これは、限られたリソースの中でこそ、知恵と工夫が生まれ、生産性が向上するという思想に基づいています。実際、グループ全体で1万人規模(国内5000人、海外5000人)の人員削減を主に2025年度中に実施し、これに伴い2025年度中には構造改革費用として1300億円の損失を見込んでいます。この発言は、パナソニック社内の固定費構造にメスを入れ、グループ全体にコスト意識を徹底させるという、強い意志の表れでもあります。しかし、この言葉は同時に、社員の士気低下を招くリスクもはらんでいます。実際、「言い訳に聞こえる」「士気の低下は避けられない」といった厳しい意見も多く聞かれました。

 


好調ソニーとの明暗:何が両社を分けたのか?

同じ日本の電機メーカーでも、近年好調が続くソニーとの比較は避けて通れません。両社の明暗は、過去の経営判断と事業ポートフォリオ戦略の差に起因します。

ソニーの「V字回復」の軌跡: ソニーは2000年代後半から2010年代前半にかけて、家電事業の不振や円高などで厳しい経営状況にありました。「エレキのソニー」というイメージが先行し、赤字に苦しむ時代も経験しています。しかし、そこから劇的なV字回復を遂げました。

その背景には、平井一夫氏や吉田憲一郎氏といったリーダーシップの下、以下の「戦略的撤退と集中」があったからです。

  • PC事業(VAIO)からの撤退: 市場競争が激しく利益率の低いPC事業から思い切って撤退しました。

  • テレビ事業の分社化と採算重視への転換: コスト構造を改善し、採算重視の経営に切り替えました。

  • エンタテインメント事業への集中: PlayStation®を核とするゲーム&ネットワークサービス、ソニー・ミュージックによる音楽、ソニー・ピクチャーズによる映画という、世界的に強みを持つコンテンツ事業を強化しました。これらの事業は、一度ヒットすれば継続的な収益を生むストック型ビジネスであり、高い利益率を誇ります。

  • イメージセンサー事業への先行投資: スマートフォン市場の拡大を予見し、高画質カメラに不可欠なCMOSイメージセンサーに巨額の投資を行いました。現在、世界トップシェアを誇り、ソニーの収益の大きな柱となっています。この技術は、自動車や産業機器といったBtoB分野にも応用され、さらなる成長が見込まれています。

  • 技術とコンテンツの融合による付加価値創造: 例えば、ゲーム開発で培った技術を映画制作に活かすなど、自社の強みを組み合わせることで、新たな価値を生み出すエコシステムを構築しています。

ソニーの最新動向(2025年度): 2025年3月期(2024年度)は増収増益を達成し、2025年度(2026年3月期)の通期業績見通しでは、売上高は横ばいながらも、当期純利益や一株当たり利益(EPS)の増加を見込んでいます。特に、イメージング&センシング・ソリューション分野(モバイルセンサーの大判化)やゲーム&ネットワークサービス分野の好調が継続しており、売上台数よりも収益性を重視する経営へのシフトが鮮明です。

パナソニックの課題: パナソニックもプラズマテレビ事業からの撤退やスマートフォン事業からの撤退など、構造改革は進めてきました。しかし、ソニーほど明確に、かつ早期に「捨てる事業」と「集中する事業」を峻別しきれなかった感は否めません。家電事業は依然として大きな存在感を持ちつつも、激しい価格競争に巻き込まれがちです。また、BtoB事業へのシフトを進めているものの、それぞれの事業が十分に高い収益性を確保できていない、あるいは競争環境が厳しいという課題に直面しています。

この明暗は、まさに経営者の「選択と集中」の判断のスピードと徹底度が、企業の命運を分けるという典型例と言えるでしょう。

 


EVバッテリー事業:パナソニックの「柱」となるか?

パナソニックが今後の成長の柱と位置付けているのがEV(電気自動車)バッテリー事業です。特に、米国のEV大手テスラへの長年のバッテリー供給で知られています。

  • パナソニックのEVバッテリーの強みと戦略: パナソニックのバッテリーは、高い安全性と信頼性に定評があります。長年培ってきたリチウムイオン電池の技術と、テスラとの共同開発で蓄積されたノウハウは大きな強みです。特に、エネルギー密度が高い円筒形バッテリー技術では世界有数です。パナソニックエナジーの和歌山工場では、テスラが求める次世代大型円筒形電池「4680」セルの量産に向けた最終評価段階にあり、今後、本格的な量産が開始される予定です。これはテスラ向けだけでなく、国内自動車メーカーのEVにも採用される見込みで、「脱テスラ依存」を目指し、供給先を多角化する戦略を進めています。

  • 巨額投資と「賭け」: パナソニックは、北米での新工場(ギガファクトリー)建設に巨額の投資を行い、EVバッテリーの生産能力を大幅に拡大しています。これは、今後のEV市場の爆発的な成長を見込んだ「賭け」とも言える戦略です。

  • 市場の競争環境とリスク: しかし、EVバッテリー市場は成長著しい一方で、競争も極めて激しいです。中国のCATL、韓国のLG Energy SolutionやSK ONといった大手企業が世界の市場シェアを大きく占め、価格競争も厳しさを増しています。さらに、テスラ自身が新型の「4680バッテリー」の自社生産(内製化)を進めていることも、パナソニックにとっては潜在的なリスクです。

EVバッテリー事業が、パナソニックの未来を担う強力な柱となるか、あるいは巨額投資が重荷となるかは、今後のEV市場の動向、競合との差別化、そしてテスラ以外の顧客獲得にかかっています。

 


「シャープの二の舞」になるのか?

パナソニックの現状を見て、「シャープのようになるのではないか?」と懸念する声も聞かれます。シャープはかつて「液晶のシャープ」として一世を風靡しましたが、液晶への過度な依存と過剰投資が経営危機を招き、最終的に台湾の鴻海精密工業傘下に入りました。

パナソニックにも、EVバッテリー事業への巨額投資というリスクは存在します。もしEV市場の動向や競合激化で計画通りに収益が上がらなければ、かつてのシャープの二の舞になりかねません。特に、不採算事業からの撤退や構造改革が遅れた点で、共通の教訓が見られます。

しかし、パナソニックとシャープには異なる点もあります。パナソニックは比較的幅広い事業ポートフォリオを持ち、EVバッテリー以外にも住宅設備や空調、産業用デバイスといった事業を展開しています。そして、シャープが深刻な状況に陥る前に、自力で大規模な構造改革に着手している点は評価できます。

 


勝ち筋が見えない中、どうすればいいのか?

多くの方が「パナソニックの勝ち筋が見えない」と感じているかもしれません。現在の改革は「痛み」を伴うものであり、その先にある具体的な「希望」が見えにくいのも事実です。

もしパナソニックがこの苦境を乗り越えるなら、その道筋は「ニッチな高付加価値領域で存在感を発揮する」ことにあると考えられます。これは、TDKのように、一般消費者には馴染みが薄くても、特定の電子部品やソリューション分野で世界トップクラスの技術力と高いシェアを誇り、高収益を上げる企業を目指すことを意味します。

そのためには、以下の3つの「超」戦略が不可欠でしょう。

  1. 超集中:真の選択と集中

    • 収益性が低い事業からの徹底的な撤退や売却を進め、EVバッテリーや特定のBtoBソリューションなど、本当に強みを発揮できる分野に経営資源を一点突破で集中する。規模ではなく利益率を追求し、質を高める戦略です。

    • 「非中核事業」の具体例とその扱い: パナソニックホールディングスは、白物家電などを手がける事業会社「パナソニック株式会社」を2025年度中に解散し、複数の事業会社に再編する方針です。長年続いた「パナソニック」という社名の存続も未定とされており、特にテレビ事業については売却・撤退の可能性を否定しないなど、経営陣の「覚悟」が示されています。この改革により、3000億円以上の収益改善を目指しています。これらは、企業全体の売上規模縮小を伴いますが、利益率向上には不可欠です。

  2. 超共創:オープンイノベーションの徹底

    • 自前主義に固執せず、外部のスタートアップへの投資やM&A、異業種連携を積極的に進め、新しい技術やビジネスモデルを取り込む。自社にない発想やスピードを取り入れ、イノベーションを加速させます。

    • 技術革新への具体的な取り組み(R&D、新素材など): イノベーション停滞感を打破するため、パナソニックはEVバッテリーにおける全固体電池や次世代材料の開発に注力しています。また、画像認識技術では「画像センシング展2025」でハイパースペクトルカメラの試作機を出展し、AI画像検査ソフトとの連携による自動判別ソリューションを提案するなど、先進的なセンシング技術をBtoB応用する動きが見られます。さらに、ソフトウェアへのシフトも加速しており、世界最大級のサプライチェーンSaaS企業であるBlue Yonderとの統合を通じて、製造業からSaaSビジネスへの転換と自律型サプライチェーンの構想を進めています。グループ全体でマルチモーダル生成AI「OmniFlow」を開発するなど、AIを活用したビジネス変革にも積極的です。

  3. 超変革:企業文化と人材の再構築

    • 「社員はイノベーションを望まない」という根深い課題を解決するため、失敗を許容する文化を醸成し、挑戦への明確なインセンティブを設計する。そして、トップが本気のメッセージと行動で、変革をリードし続けること。権限委譲を進め、現場からのボトムアップも促すことで、組織全体の活性化を図ります。


グローバル展開と持続可能性:未来を見据えた戦略

パナソニックの再生には、上記3つの「超」戦略に加え、現代ビジネスに不可欠な視点を取り入れることも重要です。

  • サステナビリティ・ESGへのコミットメント: 大規模な人員削減という痛みを伴う改革を進める一方で、パナソニックは企業として持続可能な社会への貢献という大義を掲げています。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーに加え、ネイチャーポジティブに着手し、GX(グリーントランスフォーメーション)を成長戦略の柱に据えた研究開発を推進しています。EVバッテリー事業は環境負荷低減に貢献する側面がありますが、バッテリーのリサイクル・再利用技術への投資を強化することで、ESG経営をさらに推進できるでしょう。

  • グローバルサプライチェーンのリスクとレジリエンス: EVバッテリーの主要原材料(リチウム、ニッケル、コバルトなど)の調達は、特定の地域に偏っており、地政学リスクや価格変動リスクが高いです。実際に、2030年にはリチウム需要が供給を上回る可能性も指摘されています。パナソニックは、サプライチェーンの多角化、国内生産の強化、あるいは原材料メーカーとの長期契約を通じて、これらのリスクに対するレジリエンス(回復力)を高める必要があります。これは、安定供給とコスト競争力維持に直結します。

  • EVバッテリー以外のBtoB市場における競合: パナソニックが注力する他のBtoB領域、例えば空調ではダイキン工業や三菱電機、住宅設備ではLIXILやTOTO、産業用デバイスではキーエンスやファナックといった、それぞれの分野で強力な競合が存在します。パナソニックは、これらの企業とどのように差別化し、独自のソリューションを提供していくのか、具体的な戦略が問われます。例えば、住宅・空調では「くらしのソリューション」として空間全体の快適性や省エネを提案したり、産業用デバイスではBlue Yonderとの連携による自律型サプライチェーンなど、ハードウェアとソフトウェア・サービスを組み合わせた総合力で勝負していくことになります。


10年後のパナソニック:規模は縮小しても「強いパナソニック」へ

「ニッチな高付加価値領域」への集中は、現在の売上規模や従業員数の縮小を意味するかもしれません。しかし、これは単なる縮小ではなく、「量から質へ」の転換です。

売上規模が大きくても利益が出ていなければ、企業価値は上がりません。むしろ、不採算事業を抱え続けることは、全体の足を引っ張り、市場からの評価を下げます。規模を縮小してでも、高い利益率を確保できる事業に集中することで、一株当たり利益(EPS)やROE(自己資本利益率)といった真の企業価値を示す指標が向上します。

10年後、パナソニックが「巨大な総合電機メーカー」としての姿ではなく、特定のBtoBソリューションや高付加価値デバイスにおいて「なくてはならない存在」「業界のデファクトスタンダード」として、再び世界で輝いていることを期待したい。その道のりは決して平坦ではないでしょうが、今の「断腸の思い」の決断が、真の再生への第一歩となることを願うばかりです。