日本テレビとスタジオジブリの関係は、単なる放送局と制作会社の枠を超えた、深い歴史に彩られています。1985年の初のテレビ放映から始まり、三鷹の森ジブリ美術館の設立支援、そして近年の資本提携・子会社化へ。この長年の歩みの上に、2025年5月12日、「ジブリ支援・新領域チーム」という新たな部署が発足しました。これは、既存のIPを最大限に活かし、海外市場や未開拓の領域へとジブリの世界を広げていくための、両社の協業における最新かつ最も重要なフェーズと言えるでしょう。
本記事では、この歴史的な関係の軌跡をたどりながら、新チームの戦略、そして「金曜ロードショー」での独占放送に隠された、心温まる「若き日の友情」のエピソードまで、多角的にその深層に迫ります。
銀幕からお茶の間へ、そして聖域へ:パートナーシップの礎
まず、両社の出会い。1984年公開の宮崎駿監督作品『風の谷のナウシカ』は、翌1985年4月6日、日本テレビ系で初めてテレビ放映されました。これが、日本中のお茶の間とジブリ作品を結ぶ、記念すべき一歩となります。その後、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』といった珠玉の作品群が「金曜ロードショー」の顔として定着していきます。
特筆すべきは、その放映頻度を意図的に年1〜2回に絞るという戦略です。この「待つ時間」が、作品への期待感を高め、放映時にはSNSを賑わせ、常に高い視聴率を維持するという、希有なブランディング効果を生み出しました。さらに、日本テレビは2001年に開館した三鷹の森ジブリ美術館の設立にも深く関与。映像体験だけでなく、リアルな場での感動を提供することで、ジブリファン層の拡大に貢献したのです。
絆を深める資本提携:未来への布石
長年にわたり作品を生み出してきたスタジオジブリでは、創業メンバーの高齢化に伴う後継者問題が現実的な課題として浮上していました。一方、日本テレビとしては、世界に誇るジブリという強力なIPをグループ内に取り込み、配信や海外展開を一層強化したいという戦略がありました。
この相互のニーズが合致し、パートナーシップは新たな段階へと進みます。2023年9月21日、日本テレビホールディングスはスタジオジブリの株式42.3%を取得。同年10月6日には連結子会社化が完了し、当時日本テレビ取締役だった福田博之氏がスタジオジブリの社長に就任しました。これにより、ジブリ作品の持つ著作権や二次利用権といった貴重なIP資産を、グループ全体でより戦略的に活用できる体制が整ったのです。
新チーム発足:ジブリ世界を未来へ、そして世界へ
そして現在、両社の協業は新たなフェーズを迎えています。2025年5月12日、日本テレビのコンテンツ戦略本部事業局内に「ジブリ支援・新領域チーム」が新設されました。このチームに託されたのは、大きく分けて二つの重要なミッションです。
一つは、既存のジブリ作品が持つ国内外での視聴機会を最大化すること。「金曜ロードショー」での放映はもちろん、多様な配信プラットフォームでの展開や、作品世界を広げるタイアップ企画などを積極的に推進します。
もう一つは、海外パートナーとの連携によるビジネススキームの開発や、未開拓の新規事業領域を切り拓くことです。展覧会、舞台化、商品化イベント、そして最新技術を活用したVR/AR体験など、IPの可能性を様々な角度から探求し、実現を目指します。この新チームの発足は、2027年までの中期経営計画における重要な柱の一つであり、既存IPの価値最大化と、未来への新たな収益源確保という両輪を回す要となります。(旧来の関連部署との連携体制は維持しつつ、より横断的なプロジェクト推進を目指すとのことです。)
放送独占に隠された「若き日の友情」という奇跡
さて、ここで少し時計の針を戻し、長年「金曜ロードショー」がジブリ作品の放送を独占してきた、その知られざる舞台裏に触れてみましょう。鈴木敏夫プロデューサーが明かす、そのルーツは意外なところにありました。
それは、1950年に公開された反戦映画『日本戦歿学生の手記 きけ、わだつみの声』に遡ります。この映画のシナリオチェックの現場で、当時まだ東京大学の学生だった氏家齊一郎氏(後に日本テレビ会長)と、読売新聞社会部の記者だった徳間康快氏(後に徳間書店社長、スタジオジブリ初代社長)は出会います。鈴木プロデューサーは語ります。
「氏家さんは当時まだ東大の学生で、徳間の方は読売の社会部の記者。あれは東大生がシナリオをチェックする現場で、それを取材したのが徳間氏。2人はそこで意気投合し…若き日の友情が後のジブリと日テレの関係を作った」
氏家氏と徳間氏、この二人の「若き日の友情」こそが、後の放送独占という、一見ビジネスライクな関係性の根底にあったのです。鈴木プロデューサーが、二人の墓所が近いことを引き合いに出し、「死後も続く縁」と語るように、深い信頼関係が両社の強固なパートナーシップの礎となりました。この個人的な絆がなければ、ジブリ作品がこれほどまでにお茶の間に届けられることはなかったかもしれません。「この2人が僕のことを随分かわいがってくれた。その延長線上にジブリがある」という鈴木プロデューサーの言葉からも、人間関係の力が、今日の金曜ロードショーにおける戦略的な成功を支えていることが分かります。
シナジーが生み出す未来図:両社のメリットと展望
では、この強固な絆がもたらす、両社それぞれのメリット、そして今後の展望はどうでしょうか。
日本テレビ側にとっては、強力なジブリIPの内製化による収益基盤の強化が挙げられます。テレビ放映権から配信権、そして二次利用権に至るまで、グループ内で最適に管理することで、広告収入やライセンス収益の最大化が見込めます。さらに、海外の配信プラットフォームや劇場ネットワークとの連携強化により、グローバル展開を加速させる基盤が整いました。
一方、スタジオジブリ側にとっては、資本的な安定を得られたことが大きいでしょう。後継者問題への一つの回答となり、クリエイターたちはより安心して創作活動に専念できる環境が生まれます。また、「ジブリ支援・新領域チーム」を通じて、展覧会や舞台化、商品化といった既存の枠を超えたIP活用、そしてVR/ARのような新しい技術を用いた体験型コンテンツ開発など、新たなビジネス領域への挑戦が可能になります。
これらの取り組みは、2027年までの中期経営計画において、既存IPの価値最大化と新規領域開発という両輪でシナジーを生み出し、特に海外市場での収益モデル確立やテクノロジーを活用した体験型コンテンツは、今後の映像ビジネスにおける重要なテーマとなるでしょう。
終わりに:歴史、絆、そして「新たな地平」へ
1985年の『風の谷のナウシカ』テレビ初放映という出会いから始まった日本テレビとスタジオジブリの関係は、その時々の時代の変化に対応しながら、深く、そして強固なものへと進化してきました。継続的な作品放映とブランド育成、三鷹の森ジブリ美術館設立支援といった歩みは、信頼関係の礎を築き、2023年の資本提携、子会社化は、作品の権利管理とIP戦略をグループ内で統合するという、経営的な安定をもたらしました。
そして2025年5月12日に発足した「ジブリ支援・新領域チーム」は、この歴史と経営基盤の上に立ち、既存IPのさらなる国内外での展開強化と、展覧会やVR/ARといった新たなビジネス領域開拓を加速させる、未来への重要な一歩です。
そして、この一連の強固な関係性の根底には、氏家齊一郎氏と徳間康快氏、二人の「若き日の友情」という、ビジネスを超えた人間的な絆が存在しました。これは、単なる企業の提携話に留まらない、人間関係が文化的価値を創出し、歴史を動かす力を示す、心温まるエピソードと言えるでしょう。
今後は、「ジブリ支援・新領域チーム」を核に、デジタル技術を活用した体験型コンテンツの開発や、海外を巻き込んだ共同プロジェクトなど、映像ビジネスの「新たな地平」が切り拓かれることが期待されます。日本テレビとスタジオジブリの協業モデルは、国内外のコンテンツ産業において、今後も先進事例として注目を集め続けるに違いありません。