Abtoyz Blog

最新のトレンドや話題のニュースなど、気になることを幅広く発信

気候変動で日本の食卓はどう変わる?消える味、生まれる味

「秋刀魚の塩焼き」が食べられなくなるかも(イメージ)

私たちが日々の暮らしで当たり前と思っている「食」の営みが、今、静かな、しかし確実な変化に直面しています。季節ごとの旬の味覚、馴染み深い食材の価格。その一つ一つに、地球規模の気候変動の影響が及び始めている可能性が指摘されています。

例えば、近年しばしば報道される秋刀魚の漁獲量の減少や、それに伴うイクラの価格高騰。これらの背後には、海水温の上昇をはじめとする海洋環境の変化が関連していると考えられています。気候変動は、このように私たちの食卓に直接的な影響を与えつつあるのです。

本稿では、気候変動が日本の食料生産に与えている具体的な影響について、観測されている事実や現場の取り組みに基づき、現状と課題、それに対する適応の動き、そして将来的な展望について、可能な限り具体的かつ中立的な視点から記述します。

1. 気候変動が日本の食料生産にもたらす影

平均気温の上昇、降水パターンの変化、そして異常気象の頻発・激甚化は、日本の農林水産業に広範な影響を及ぼしています。これらの影響は、既に統計データや現場の報告にも現れています。

農業分野における影響:品質と収量の変動

農作物の品質低下や生産の不安定化が各地で確認されています。

水稲は、夏の出穂期から成熟期にかけての高温により、米粒が白く濁る「白未熟粒」の発生が増加する傾向にあります。例えば、新潟県のコシヒカリなど、高温耐性の低い品種や、関東以西の平野部といった高温になりやすい地域で、品質低下が課題となっています。ある研究では、気温が1℃上昇することで、特定の地域・品種の白未熟粒発生率が数%上昇するといった試算も示されており、品質維持のための適応策が求められています。

夏場の高温は、ホウレンソウやコマツナなどの葉物野菜の生育を阻害し、収量減や品質低下を招きます。夏場の特定の期間に、これらの野菜の出荷量が平年の半分以下になった地域も報告されています。また、急な集中豪雨や大型台風による物理的被害は、特定の地域で壊滅的な被害をもたらし、市場への供給不足と価格高騰を引き起こします。例えば、2016年の台風被害後にはキャベツの価格が平年の3倍以上に高騰した地域も観測されるなど、異常気象が価格に大きな影響を与える事例が見られます。高温環境下で増加しやすいハダニやアブラムシといった病害虫の被害拡大も確認されています。

温帯性果樹であるリンゴ、モモ、ブドウなども影響を受けています。夏の高温により、リンゴの着色不良や、モモ・ブドウに生理障害が発生するといった事例が報告されています。青森県弘前市など、一部のリンゴ産地では、着色不良が長期的な課題となっています。冬季の温暖化による休眠打破への影響も懸念されており、開花や結実の異常が発生する可能性が指摘されています。

水産業分野における影響:漁獲量の変動と魚種構成の変化

海水温の上昇は、魚介類の生息域、回遊ルート、資源量に具体的な変化をもたらしており、漁業の現場に影響を及ぼしています。

主要魚種の漁獲量減少は顕著です。サンマの漁獲量は、近年激減しており、2000年代初頭と比較して9割以上減少し、過去最低水準を更新しています。これは、公海での漁獲増加に加え、海水温上昇など海洋環境の変化が複合的に影響しているとされています。サケの母川回帰数も減少傾向にあり、北海道の秋サケ漁では記録的な低迷が続き、2019年には過去最低水準となったこともあります。スルメイカの漁獲量も減少傾向が観測されており、分布域の変化が指摘されています。漁業者からは、これまでの漁の常識が通用しなくなっているという声が聞かれます。

魚種構成の変化も観測されています。日本周辺海域において、これまで南方海域に多く見られたブリやサワラといった魚種が北上し漁獲量が増加する一方、冷水域を好む魚種の一部で減少が見られます。また、藻場の衰退(磯焼け)の拡大なども、水温上昇や食害生物の増加と関連が指摘されており、沿岸漁業に影響を与えています。

これらの影響は、特定の食材の供給量減少や価格高騰を招き、食費に影響を与えています。また、これらの食材に依存してきた地域の漁業や農業、そして地域に根差した食文化にも具体的な課題を突きつけています。

2. 気候変動への適応に向けた取り組みと新たな可能性

気候変動がもたらす厳しい現実に対し、日本の食料生産に関わる分野では、被害を軽減し、将来的な食料供給を確保するための様々な適応策が進められています。これらの取り組みの中から、新しい食の可能性も生まれつつあります。

変化への適応と新たな「美味しい」の創出

気候変動という変化に対し、研究開発機関や生産現場では具体的な対策が進められ、成果も現れています。

気候変動に強い品種の開発と普及が進められています。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)などでは、高温下でも白未熟粒が発生しにくい新しい米の品種の開発や普及を進めており、「きぬむすめ」のように高温耐性を持つ品種が導入されています。これにより、温暖化が進む中でも品質の良い米を安定生産することを目指しています。

栽培技術と施設の進化も進んでいます。異常気象のリスクを軽減するため、ハウスなどの施設を活用した栽培や、遮光資材、温度・湿度管理技術の導入が行われています。大規模な施設園芸なども増加傾向にあり、天候に左右されにくい安定生産に貢献しています。

栽培適地の変化を活かす新たな産地形成も見られます。温暖化による栽培適地の北上や技術の進化を利用し、新たな作物の生産が始まっています。

「国産トロピカルフルーツ」の広がり: マンゴーは宮崎県、沖縄県に加え、近年では和歌山県(例:日高地方など)や静岡県で栽培面積が増加傾向にあります。長野県など内陸部でも先進的な施設栽培の試みが成功し、高品質なマンゴーが出荷されています。アボカドも和歌山県や愛媛県などで栽培に取り組む農家が増え、少しずつ市場に出回るようになっています。

国産オリーブの産地拡大: 香川県小豆島に加え、岡山県瀬戸内市牛窓町、兵庫県、千葉県など、温暖な沿岸部を中心にオリーブ栽培の取り組みが広がり、地域の農業の多様化に貢献しています。

北海道の米作の成功: 北海道では、温暖化による積算温度の上昇と品種改良(例:ゆめぴりか、ななつぼしなど)により、米の作付面積と収穫量が増加傾向にあります。北海道の米の収穫量は、この20年ほどで約1.5倍に増加したというデータも示されており、気候変動を適応と技術で機会に変えた代表的な事例です。

未来の食料供給を支える技術開発

気候変動の影響を受けにくい、あるいは克服するための技術開発も進んでいます。環境を完全に制御して安定的に野菜などを生産する植物工場は、特定の葉物野菜(例:レタス、ホウレンソウ)を中心に実用化が進み、大手企業(例:株式会社スプレッドなど)が大規模施設を運営し、都市部などでの安定供給に貢献しています。天然資源の変動リスクに依存しない供給源として、陸上養殖の研究開発や実用化も進んでおり、特定の魚種(例:クロマグロの近畿大学による完全養殖成功、サバの陸上養殖に取り組む民間企業など)で成果を上げています。これらの技術は、気候変動による生産の不安定化リスクに対する重要な適応策として位置づけられています。

3. 変わりゆく食卓と、未来への視点

気候変動がもたらすこれらの変化は、良くも悪くも、今後の食卓に影響を与え続けるでしょう。特定の食材の入手が困難になったり、価格が変動したりする一方で、新しい国産食材との出会いが増え、食の選択肢が多様化する可能性も考えられます。

この変化の時代において、私たち消費者の行動も重要になります。

情報へのアクセスと理解:食料生産の現状、気候変動の影響、そしてそれに対する国内外の取り組みについて、信頼できる情報源から学び、理解を深めること。 持続可能な消費行動:地産地消の食材の選択、旬の食材の利用、フードロスの削減(例:必要な分だけ買う、食材を使い切る工夫をする)、環境負荷の少ない生産方法に関心を持つといった行動は、食料システム全体の持続可能性に貢献します。 新しい食への関心:これまでの食習慣にとらわれず、新しい国産食材(例:和歌山県産のマンゴー、岡山県産のオリーブオイルなど)や、代替食といった選択肢にも関心を持ち、試してみることも、変化する食料システムに適応する一歩となり得ます。

結論:課題の中で光を見つけ、持続可能な食の未来へ

気候変動は、日本の食料生産システムに多岐にわたる影響を及ぼしており、私たちの食卓にも具体的な変化が現れています。漁獲量の減少、農作物の品質低下、価格の変動といった課題は、今後さらに顕著になる可能性があります。データや現場の状況は、この厳しい現実を示しています。

しかし、同時に、これらの困難な変化に対し、日本の農業や水産業、そして研究開発の現場では、適応に向けた様々な取り組みが進められており、北海道米の成功や、各地で育ち始めた新しい国産果実のように、希望となる可能性も生まれています。これは、気候変動という避けられない変化に対し、人間が知恵と技術で立ち向かっている証です。植物工場や陸上養殖といった新しい技術も、未来の食を支える力となり得ます。

将来の食料供給に対する懸念は存在しますが、悲観的な見方一辺倒になるのではなく、現状を正確に理解し、進行している適応の取り組みや生まれている新しい可能性にも目を向けることが重要です。私たち消費者もまた、この変化に関心を持ち、日々の食の選択を通じて、持続可能な食システムづくりに貢献していくことが求められています。

気候変動という大きな変化の中で、日本の食がどのように進化し、適応していくのか。それは、食に関わる全ての人々、そして消費者である私たち自身の行動にかかっています。この変化を、日本の食の未来をより良いものへと変えていく機会として捉え、共に考え、行動していく視点が今、求められています。